私だけのプレイリスト

お気に入りの曲を載せています。

02 短編小説

奇妙な隣人(完)

シャドウ・コルドン……。 影の包囲網……。 そのような名前のゲームは今まで一度だって聞いたことがない。ただ自分が最近のゲームに疎いだけだと思っていた。だけど今になって思えば、本当に「シャドウ・コルドン」なんてゲームは存在するのだろうか。 ゲーム………

奇妙な隣人(22)

篠原はスマホ画面から視線を上げる。 眼の前に机があった。大型のモニターが壁側に寄せられるように置かれている。そしてそのモニターの前には「お前は逃げられない。私はいつでもすぐそばにいる」という狂気じみた赤い文字が踊っている。 この文字は「藤岡…

奇妙な隣人(21)

高橋はこの映像を見て、よくこの女が一週間前の深夜に家を訪れた「藤岡」と名乗った隣人だと分かったものだ。 高橋の話では隣人の女を見たのは引っ越しの挨拶に来た一度きりだったはずだ。しかもそれも一週間も前のことである。それから今日まではマンション…

奇妙な隣人(20)

5 考えてみれば、この403号室の玄関ドアの鍵が開いていたのもおかしい。 空き部屋だとしたらそもそも鍵が開いているわけがないし、もしこの部屋が「藤岡」と名乗った女が借りたものだったとしたら、その玄関ドアが開いていたことも何かしらの意図があっ…

奇妙な隣人(19)

頭の中に、男のスマホ画面越しに見た女の姿が蘇る。 女は机の上に「お前は逃げられない。私はいつでもすぐそばにいる」と書き終えた後、自分の行為に満足したような不気味な笑みを口元に浮かべた。その笑みを見た篠原は、人間とは別の生き物を目にしたかのよ…

奇妙な隣人(18)

部屋の中は静まり返り、インターフォンから返事が返ってくることはなかった。ドアが開かれる気配もない。 もう一度インターフォンのボタンを押してみる。やはり返事は返ってこない。 女は部屋の中にはいないのだろうか。 篠原は右手で拳を作り、ドアをノック…

奇妙な隣人(17)

女は一体どのようなトリックを使ったのか。 まるで、箱の中に入って、そして次の瞬間には姿が消えている手品師のように女の姿は消えてしまった。だけど人間が本当に消えることなんてありえない。箱の中から消える手品師にもネタがあって、そのネタを巧妙に隠…

奇妙な隣人(16)

4 篠原が居間に戻ると、机の横で、男が立ったまま真剣な表情で自分のスマホ画面を見ていた。居間に入ってきた篠原に気付き、男はその目を篠原の方に向ける。 「お巡りさん……」 男の声は微かに震えている。 「どうかしましたか?」 「おかしいです……。こんな…

奇妙な隣人(15)

いや、待てよ。 篠原は心の中で呟く。 机の上に女が書き残した、「お前は逃げられない。私はいつでもすぐそばにいる」という言葉。その「お前は逃げられない」の中の「お前」とは高橋のことを指しているのだろう。高橋に対して何かしらの恨みを持っていると…

奇妙な隣人(14)

男はジーンズのポケットからスマホを取り出す。 ホームボタンを押して画面を表示させると、「あっ」と声を上げた。 「届いている……。 動体検知のメッセージが一通届いています……」 「本当ですか? そのメッセージは何時に来ていますか?」 「ええと、ちょっ…

奇妙な隣人(13)

あの映像の中で女が持っていたアイスピックがここにある、ということは少なくとも女はここにはいたということになる。 もしそうなら、女はどこに消えたというのか。 篠原は空っぽのクローゼットの中を見つめる。 このマンションの前に着いたとき、男は篠原に…

奇妙な隣人(12)

ドアが十センチほど開く。 右手に持つ携帯ライトの光をその隙間に差し入れる。ドアに遮られてまだ部屋全体は見通せない。ライトの光は暗闇に包まれた殺風景な部屋を描き出していた。ドアの隙間から見える暗闇の中に、人影や、何か不審を感じさせるものは見え…

奇妙な隣人(11)

篠原が通路に歩みだそうとしたとき、背後から、「お巡りさん、気を付けてください。女は凶器を持っています」という男の声が聞こえた。篠原は男を振り返ることなく、「分かっています。大丈夫です」と答える。 通路をゆっくりと進んでいく。 何か突発的な事…

奇妙な隣人(10)

3 高橋と名乗る若い男は長い話を終えた。 男はひどく青ざめた顔で、震える自分の指先を見つめている。 交番の中には篠原と男の二人しかいない。男が口をつぐむと、交番の中は突然、地の底のような静寂に覆われた。今日は五月にしては暖かい気候だったが、男…

奇妙な隣人(9)

なぜ彼女が私の部屋の鍵を持っていたのかは分かりません。 ですが、スマホ画面に映っている人物は間違いなく、深夜に私の部屋にやってきたあの隣人でした。その時の記憶は恐怖とともに私の頭の中にはっきりと刻み込まれていたので、間違えようがありません。…

奇妙な隣人(8)

その日も朝、ネットワークカメラの「SDカード録画スイッチ」と「モーション検知アラームスイッチ」をオンにしてから家を出ました。 その前日は結局カメラが部屋の中で動体を検知することはなかったし、家に帰ってから、私が家を空けていた時に録画されてい…

奇妙な隣人(7)

私は居間の入口に立ち、カメラをどこに設置するかを考えました。 部屋に侵入した誰かが私の机の上で何かしらの作業をしていた可能性が高いのであれば、机の上は映るようにする必要があります。ですが、その誰かはこの部屋で次に何をするのかは予想もつきませ…

奇妙な隣人(6)

先ほど居間を見たときには、そこには誰もいませんでした。 あとその見知らぬ誰かが隠れている可能性があるとしたら、トイレか洗面所くらいです。 私は玄関口に立ち尽くしたまま、左手側にある二つの扉に視線を移しました。手前側の扉は洗面所と浴室に繋がっ…

奇妙な隣人(5)

深夜に私の部屋を訪れた「藤岡」と名乗る隣人。 その隣人を目にした時に感じた気味悪さと、未来に対して不吉なことが起こるのではないのかという嫌な予感。ですが、その予感に反して、次の日からは、いつもと変わらない日常が過ぎていきました。マンションの…

奇妙な隣人(4)

腹が立った私は、女に直接苦情を言ってやろうとドアに向かいました。 「あの、これ以上、チャイムを鳴らすのはやめてくれませんか? 迷惑です。何時だと思っているんですか? こんな時間に引っ越しの挨拶に来るなんて、非常識だと思わないのですか?」 ドア…

奇妙な隣人(3)

ゲーム音楽をミュートにして、私は息を潜めてしばらくドアを見ていました。ドアの向こう側からは何の物音も聞こえてきませんでした。 さっきのチャイムの音は、ゲームに熱中しすぎたせいで幻聴でも聞いたのだろうか。そんな気すらしました。いえ、そう自分に…

奇妙な隣人(2)

2 私は高橋、高橋健太と言います。 K工科大学に通っています。大学二年生です。 大学では友達は一人もいません。口下手で、生身の人間と会話をするのが苦手なのです。おそらく大学では「何を考えているのか分からない暗いやつ」と思われているのでしょう。…

奇妙な隣人(1)

1 一日は何事もなく終わろうとしていた。 篠原大輔は事務机に一人座り、ディスプレイの前で書類を作成している。同僚の松田和也は深夜の勤務に備えて、二階の仮眠室で仮眠をとっているはずだ。 篠原一人しかいない交番の中は、ひどく静かだった。交番の中が…

見知らぬ女(完)

エピローグ 純は手に持っていた写真立てを机の上に戻す。 部屋の中は、自分の口から漏れる微かな呼吸音しか聞こえない。世界中の人たちが純一人を残してすべて死に絶えてしまったかのように、窓の外はしんと静まり返っていた。 夕食の前に居間のテレビで見た…

見知らぬ女(86)

その日の夜、純は再び「はくたか」に乗って東京に戻ってきた。 真衣が着ていた制服と一冊のノートをリュックサックに入れ、真衣の部屋で芽生えた血塗られた計画を胸に抱きながら。 福井に出かける前と後とでは、純に外見上の違いは何もなかった。陽一と優子…

見知らぬ女(85)

純はしばらくその表紙を眺めていた。 何の変哲もないノートだった。おそらく真衣が高校で使っていたノートなのだろう。純は引き出しをそのまま閉めようとする。だけどその時不意に、「なぜこのノートだけが、机の引き出しの中に入っているのか」ということが…

見知らぬ女(84)

壊れやすいガラス細工を扱うかのように丁寧に、純はその写真立てを棚の一番上の段に戻す。 机の周りには他に見るべきものはなさそうだ。 純は後ろを振り返る。目に入るのは、部屋の壁に沿うように置かれた空っぽのベッドくらいだった。 いや……。 純の視線は…

見知らぬ女(83)

しばらくして、真衣の叔父から純のもとに、ある連絡が来た。 それは真衣の叔父から陽一に電話越しで伝えられ、そして純の部屋のドア越しに陽一から純に伝えられた。その連絡とは、「真衣の遺品の中で、何か欲しいものがあれば何でも持っていってもらって構わ…

見知らぬ女(82)

16 真衣の背中は、純の前から消えた。 その後の記憶は断片的にしか残っていない。まるで紙芝居のように、いくつかのイメージが純の頭の中に色褪せた映像として残っているだけだった。 気がついたら純は真衣の家の門前にいた。 自分がどのようにしてそこに…

見知らぬ女(81)

真衣は突然、鉄柵に両手をかけて体を持ち上げた。 純が止める間もなかった。鉄柵を乗り越え、鉄柵の外に降り立つ。そしてそのままビルの屋上の縁に立った。 「何をやってるんだよ。危ないだろ」 純は驚いて、鉄柵を挟んでその向こう側に立つ真衣に言葉をかけ…