私だけのプレイリスト

お気に入りの曲を載せています。

13 エクリプスリアルム

エクリプスリアルム(完)

エピローグ 眼の前に夕陽が見えた。 東京都A区の街角。その歩道の上を有希は一人歩いていた。その手には、奈緒が好きだったオレンジバラの花束を抱えている。 一ヶ月前のあの日はまだ初夏に入りかけたばかりで肌を包む熱気はまだ優しいものだったけど、もう…

エクリプスリアルム(74)

そこで唐突に動画は終わった。 私はまだ心の中に漂う絶望感の中で、ディスプレイの画面を見つめていた。 「なぜ……」 私の意思とは別に、口から誰かの言葉が零れる。 なぜ有希はこのような動画を作ったのか。 そしてなぜ有希は、その動画のリンクを『すぐに見…

エクリプスリアルム(73)

動画の中で、有希と男装した私はしばらく何かを言い合っていた。 有希が私を説得するように話しかけているのだが、画面の中の自分の感情がどんどん高まっていくのが見ている私にも分かる。二人が何を巡って言い争っているのかは分からない。だけど私は、自分…

エクリプスリアルム(72)

ブラウザに、そのリンク先の画面が開かれていく。 その画面に現れた先ほどとは別の動画コンテンツのタイトルには、今度は『Date: June 21. 2024』と記載されていた。 先程の動画のタイトルが『Date: June 20. 2024』、そしてこれは『Date: June 21. 2024』。…

エクリプスリアルム(71)

メールの文面は、不思議な文面だった。 いきなりこのようなお願いをするのは、変に思われるかもしれませんが、一つだけお願いしたいことがあります。 このメールに添付するリンクのリンク先を開いて、そのリンク先の画面の内容を見てもらえないでしょうか。 …

エクリプスリアルム(70)

11 今は6月19日の23時59分。 もうすぐ19日が終わり、20日を迎える。 私は今、自分の部屋に一人座っている。家の中は静まり返り、家族はおそらく完全に眠りの中にいるのだろう。私一人の部屋もどこまでいっても静寂に包まれていた。 だけどそれ…

エクリプスリアルム(69)

有希はしばらく、その文字を見つめていた。 なぜ、このようなものが私の部屋のポストに入っているのか。誰がこの封筒を、わざわざこの場所までやってきてポストに投函したのか。 目の前の現実を、自分の中でうまく把握することが出来ない。そのままポストの…

エクリプスリアルム(68)

有希はその夜、どのように家に帰ったのかも憶えていなかった。 警察署を出てタクシーに乗り込んでからの記憶が飛び飛びになっている。気がつくと、真っ暗な自分の部屋の中で、デスクの前の椅子に座っていた。 奈緒が死んだ……。 だけど、私は生きている……。 …

エクリプスリアルム(67)

暫くの間、静寂が三人を包んでいた。 有希の背後で、藤田が立ち上がる気配を感じる。藤田は有希と奈緒にゆっくりと近付くと、すぐにポケットからスマホを取り出してどこかに電話を掛けた。 「あの……。けが人がいて……。血がすごい流れていて……。救急です……。…

エクリプスリアルム(66)

「山下さん!」 暗闇の中で突然、藤田の声が聞こえた。 私はもうすぐ死を迎えるのだろうか。だから、居もしない藤田の声が幻聴として聞こえてきたのだろうか。そんな考えが有希の頭の中をよぎる。 「山下さん!」 だけど次に聞こえたその声は、より現実的な…

エクリプスリアルム(65)

「離して!」 奈緒は一歩後ろに下がり、肩に置かれた有希の手を無理やり引き剥がす。 「そもそもあなたが送ってきたのだから、あなただってあの動画を見たんでしょ」 「信じてもらえないかもしれないけど、あの画面を見る人によって見える動画が違うの。だか…

エクリプスリアルム(64)

「大学四年の就職活動のときも、そうだった……」 奈緒の口調はひどく冷静で、逆にその冷静さの中に、決して揺らぐことのない憎悪が隠れているかのようだった。 「美咲は難なく、第一志望の国内大手商社である東洋トレーディングの内定を手にし、そして有希も…

エクリプスリアルム(63)

10 有希の前に立っていたのは、奈緒だった。 男性用の短髪のカツラを被り、顎には付け髭も付けている。 その前髪の隙間から、氷のように冷たく、ナイフのように鋭く、そして人形の目のように感情を失った目で、有希のことを見ていた。 「どうして……」 有希…

エクリプスリアルム(62)

藤田が自分の右手に巻いている腕時計を見る。有希もその動きに釣られるようにしてバッグからスマホを取り出すと、スマホ画面には16時15分と表示されていた。 もう自分が殺される時間まで一時間もない。タイムリミットは確実に近づいてきており、それに合…

エクリプスリアルム(61)

ちょうどいい場所はないかと、藤田がそれらの建物に歩み寄る。そして建物やその周りを入念に調べていった。有希はそのような藤田の様子をただ黙って見ていた。やはり現場近くの二つの建物には身を隠すのに最適な場所が見つからないようで、藤田の表情は冴え…

エクリプスリアルム(60)

今日の17時13分に有希が殺されることになる東京都A区の街角は、A駅から歩いて20分くらいの距離にあった。有希自身はA駅で下車するのは初めてだったが、その街角の場所は地図アプリに入力してある。A駅に向かう電車の中でも、その地図アプリを開いて現…

エクリプスリアルム(59)

ドリップコーヒーをカップに入れ終えると、次にトースターに食パンを入れた。 冷蔵庫からバターと蜂蜜を取り出してテーブルに並べているとトースターがチンと鳴り、パンが焼けたことを有希に知らせてくれる。焼けたパンを皿に乗せ、そしてパンの上にバターと…

エクリプスリアルム(58)

昨日の午後、有希は藤田とスペーシアの貸し会議室で会って、エクリプスリアルムについて自分が知っていることを藤田に全て話した。 そこで藤田は未来の死の運命の正体について驚くべき仮説を口にし、「あくまでも仮説です」という言葉を付けながらも、未来の…

エクリプスリアルム(57)

9 自分の顔に光があたっていることに気づいた。 まぶしくて目を細める。 カーテンの隙間から、有希に向かって朝の日差しが降り注いでいた。 目が覚めたばかりの頭はぼんやりとしていて、一瞬、自分が今どこにいるのか分からなくなる。強い不安に襲われる。…

エクリプスリアルム(56)

思い込みという呪い……。 自己実現する未来……。 有希は、自分が立っていたはずの地面が、いつの間にか闇の中に溶けてしまったかのようにぐらぐらと揺らぎ始めているのを感じる。 その揺らぎの中で、有希は必死になって足を踏ん張り、先ほどの藤田の話の内容に…

エクリプスリアルム(55)

「山下さんの目には、このブラウザの画面の中に何かが映っているのですか?」 どこか遠くから藤田の声が聞こえる。 有希は、歩道に倒れてその周りに血溜まりができていく映像の中の自分から視線を引き剥がして、正面に座る藤田の方を見る。 藤田が眉間に深い…

エクリプスリアルム(54)

有希は小さく首を横に振る。 「私だって、未だに自分の身に起きていることが信じられない……。もし私が、私以外の誰かの話としてこの話を聞いたとしたら、きっと出来の悪い作り話としか思わないのだと思う。だけど、私自身がエクリプスリアルムの映像を目にし…

エクリプスリアルム(53)

藤田は、会議室の机の上ですでにノートパソコンを開いている有希を見つけて、「早いですね」と言いながら会議室に入ってきた。 入口で一度立ち止まり、部屋の様子をざっと観察する。すぐに、有希が座っている側とは反対側に歩いていく。そして背負っていたリ…

エクリプスリアルム(52)

奈緒が駄目なら……。 もう有希には、頼れる人として仕事仲間である藤田の顔しか思い浮かばなかった。 すぐにスマホのアドレス帳から藤田の番号を探して、電話をかける。藤田はすぐに電話に出た。 「はい、藤田です」 「山下有希です」 「ああ、山下さん。……体…

エクリプスリアルム(51)

デスクの上の時計を見ると、もうすでに正午を回っている。 「もう……こんな時間……」 エクリプスリアルムの動画に映された男の正体を探ろうと、映像の確認に集中していたら、いつの間にか数時間が経っていた。 有希は一度大きく息を吐く。 頭の中はすでに煮詰…

エクリプスリアルム(50)

次に、二人の周りの景色に視線を転じる。 画面の右側は、画面を上下に縦断する片道一車線の車道が映っており、そして左側はその車道に沿うかたちで設けられている歩道が映っている。その間の空間を、緑の街路樹が区切っていた。どこにでもありそうな街角だっ…

エクリプスリアルム(49)

ディスプレイには、見知らぬ街角が映っていた。 6月18日の夜に見て、そして有希を絶望に突き落とした映像。その映像を有希は奥歯を強く噛み締めながら、じっと見つめる。 街頭防犯カメラの映像だと思われるが、一般的な防犯カメラの映像よりはよほど高解…

エクリプスリアルム(48)

8 朝、目が覚めると、有希はしばらくベッドの上で体を動かすこともなく佇んでいた。 窓からは朝日が差し込み、ベッドの端にまでその手を伸ばしている。 自分は、まだ生きている……。 あらためて、そのことを一つの実感として感じる。久し振りに睡眠をとった…

エクリプスリアルム(47)

「これでよかったんだ……こうするしかなかったんだ……」 有希は必死に自分自身に言い聞かせる。 そうでもしていないと、自分自身を保つことが出来ない気がした。そう自分に言い聞かせ続けていないと、心がばらばらに砕け散って、もう二度と元に戻らない気がし…

エクリプスリアルム(46)

もし、この考えが正しいのだとしたら……。 自分もこのエクリプスリアルムのリンクを誰かに送って、そして死のタイムリミットである6月21日の17時13分までにリンク先の画面をその相手に見てもらえば、自分の死の運命は解除される。 そして、自分は救わ…