創作ノート

短編小説を書いています。

エクリプスリアルム(57)

 

 

自分の顔に光があたっていることに気づいた。

まぶしくて目を細める。

カーテンの隙間から、有希に向かって朝の日差しが降り注いでいた。

目が覚めたばかりの頭はぼんやりとしていて、一瞬、自分が今どこにいるのか分からなくなる。強い不安に襲われる。もしかしたら、自分はすでに死の闇の中に落ち込んでしまっているのではないのか、そんな思いに駆られる。

ベッドの上で必死に目だけをぎょろぎょろ動かして、視線を自分の周りに巡らせる。いつも自分が仕事で使っているデスク、見慣れた水色のカーテン、毎日食事を食べているダイニングテーブル。

私の部屋だ……。

それを見て、少しだけほっとした。

有希はベッドの上で上半身を起こす。

デスクの横に、黒いバッグが置かれていた。昨日、スペーシアから家に帰った時にその場所に置いたことを思い出す。ノートパソコンもその中に入ったままだった。

そして引き寄せられるかのように、有希の視線はデスクの上の卓上カレンダーに向かう。

6月21日。

今日は、エクリプスリアルムの映像の中で、有希の死が予言された日だった。

とうとう、この日がやってきた。

昨日の朝、目覚めた時、有希は自分のすぐ近くまで忍び寄ってきている“死”という黒い影の存在を感じた。そしてその影は、昨日の朝と同じように今日もデスクの脇から有希を見つめていた。その影はゆっくりと、だけど確実に自分に近づいてきていた。

昨日の朝は、その影から必死になって目をそらした。死について考えるのが怖かった。その影を見つめていると、その影に魅入られてしまうような気がした。抜け出せなくなる気がした。

だけど、今の有希は、その影から目を逸らさなかった。

きっと、大丈夫……。

心の中で呟く。

昨日、スペーシアで藤田が話した“作戦”がうまくいけば、きっと未来の死の運命は解除される。そしてきっと自分は救われる。

有希はベッドから起き上がると、そのままベッドの端に座る。

大丈夫……大丈夫……。

何かの呪文であるかのように、自分自身に何度も言い聞かせる。

あれ……?

でも、これって……。

有希は今の自分の姿に既視感を感じた。そしてふいに、美咲のことを思い出していた。

美咲も今の有希と同じような絶望と希望を抱えながら、5月31日の朝を迎えていた。今日が自分にとって最後の日かもしれないという絶望。そして、前日に見つけたサイトに書かれたとおりにすれば、その死の運命をきっと変えられるという希望。だけど、美咲の希望は、最後は“死”によって粉々に砕け散ることになる。藤田の話では、その希望すらもエクリプスリアルムの呪いの一端でしかなかった。

美咲の希望は裏切られたのに、どうして自分の希望が裏切られないと言い切ることができるのか……。

そんな不安が心の隙間に忍び込んでくる。

有希は頭を強く横に振った。

藤田の“作戦”がうまくいくかどうかなんて分からない。だけど、それでも、信じるしかないのだ。

有希はベッドから立ち上がり、洗面所に向かう。

蛇口から勢いよく水を出して、その水を両手ですくって思い切り顔に浴びせかける。そして横にかけたタオルを右手で取り、顔をごしごしと拭いた。

エクリプスリアルムの映像が有希の死を予言する、午後5時13分までまだ時間がある。それまでの時間をどのように過ごすべきか。

歯を磨きながら、頭の片隅で考える。

もうエクリプスリアルムの映像を見るつもりはなかった。これ以上見ていると、藤田の言う、思い込みの呪いにどんどん絡め取られていく気がした。それならば、いつもの日常と同じように過ごそうと思った。いつものように食事を食べ、そしていつものように仕事をする。そうすることで、

“私には、明日は訪れる”

そのことを自分自身に信じさせようと思った。たとえ、それが単なる虚勢でしかないのだとしても、それでも構わなかった。

歯を磨き終えると、有希は毎朝の習慣としているドリップコーヒーを入れるためにキッチンへと向かった。

 

 

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