創作ノート

短編小説を書いています。

エクリプスリアルム(12)

 

2週間も先の日付がタイトルになっている。

未来の光景を映しているという設定の、創作動画だろうか。

有希は“▶︎”ボタンの上にカーソルを合わせて、クリックする。

サイト中央の四角く切り取られた枠の中に、突然、ある場所が映し出される。枠の右下には、動画を撮影している時間を表現しているのだろうか、時計のような時刻表記が表示されていた。

 

6/18/24 1:42:13 PM

 

2024年6月18日の午後1時42分を表しているようだ。秒の表記は一定間隔で増えていき、流れていく時間をカウントしている。

映し出されている場所は、部屋の一室のようだった。

畳敷で広々とゆったりした部屋で、二脚の椅子が置かれている。椅子の向こう側の部屋の壁は全面がガラス張りになっていて、そこからは緑豊かな山々が見えていた。

どこかのホテルの一室だろうか。

音は聞こえない。

動画を再生しているデスクトップパソコンの音量を確認したところ、音量はオフにはなっていない。動画内の音が小さいのだろうか。試しに音量を上げてみたのだけど、それでもその動画からは一切音は聞こえてこなかった。音声はなく、映像だけの動画なのかもしれない。

そこに、画面の右側から一人の見知らぬ中年男性が現れた。

紺色の和装のような服を着ており、腰には臙脂色の前掛けを巻いている。

その男性は画面の右側から左側に向かってゆっくりと歩いていき、その動きに合わせて、カメラの視点も動いていく。男性はカメラを見ながら、ガラス張りの壁に右手を差し向けていた。口が動いているのが見える。何かを説明しているのだろうか。

どこかのCMの音声を消して切り出したような、何の変哲もない映像だった。その映像が延々と続く。

なぜ美咲はこのような動画を見て欲しいと言って、リンクを送ってきたのか。有希にはその意図が全く分からなかった。これ以上見ていても仕方がない。“▶︎”ボタンを押して動画を停止させようとする。

その時だった。

足元への注意が疎かになっていたのか、歩いていた男性が自分で自分の足につまづいて派手に転んだのだ。

その勢いのまま、男の体が畳の上で一回転する。カメラマンがその様子に驚いたのか、カメラの視野が一度大きく揺れた。

そして画面の手前側から一人の女性が現れて、その男性の元に駆け寄るのが映った。その女性は背後から映されていてその顔は見えなかったが、若い女性のようだった。

だけど有希は、その後ろ姿にどこか見覚えがある気がした。

女性は男性の前でひざまづき、男性に何かを訊いている。男性は少し苦笑いを浮かべながら、言葉を返していた。

ふいに、突然、女性の頭が何かに驚いたように持ち上がる。

体もそれに合わせて、一度びくっと伸び上がる。そしてその女性はカメラの方を振り返った。

「あ!」

有希は声をあげていた。

そこに映っていたのは、驚愕の表情を浮かべた有希自身の姿だった。

そこで唐突に動画は終了した。

有希はしばらく呆然として、すでにブラックアウトしている四角い枠を見つめていた。

「あれは……私……?」

だらしなく開いた口から言葉が零れる。

なぜ自分が映っているのか。

何よりも不可解だったのは、そのような映像を撮影された記憶が全くないことだった。映像で映されていたような場所に行った記憶もないし、そこで転んだ男性に駆け寄った記憶もない。

画面に映っていた女性の姿は、二十代後半のように見えた。つまり、今の自分とそれほど年齢は変わらない。

有希は首を横に振る。

そんな訳がない……。

あれが自分な訳がない……。

きっと、他人の空似だ……。

「そうだ、美咲は私によく似た女性の映像をたまたま見つけて、そしていたずらのつもりでこの動画のリンクを私に送ってきたんだ」

自分自身に言い聞かせるように言葉を口にする。

もう一度確認してみよう。

有希は“▶︎”ボタンを押す。

再び部屋の一室が映し出され、しばらくすると画面の右側から先ほどの男性が現れる。男性が転び、若い女性が駆け寄る。そしてその若い女性は、驚愕の表情とともに振り返る。

有希はそこで“▶︎”ボタンを押して動画を停止させる。画面の中の女性は、驚いた顔でこちらを見つめたまま動きを止めていた。

有希はその女性の顔を見つめる。

その女性は、本当に有希にそっくりだった。

何度見ても、自分の姿のように見えた。

ふと、四角い枠の右下の時刻表記に視線が移る。

そこには、“6/18/24 1:58:13 PM”と表示されていた。

 

 

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