その日は夜も遅いということもあって、病院に近くのホテルを紹介してもらって美和はそこに宿泊することにした。
次の日も、朝から真尋の面会に病院に訪れようと考えていた。
病院の受付でホテルの電話番号を聞く。
美和が自分の携帯電話でホテルに電話をかけると、
「はい、Aホテルです」
という若い女性従業員の声が受話器から聞こえた。
「一人なのですが、これから行っても泊まることはできますか」
と尋ねると、その電話先の女性は、何かを確認するような間を少しとった後に、
「おひとりさまですね。はい、大丈夫です」
と答えた。
病院の受付で地図を見せてもらいホテルまでの道順を確認すると、病院から1キロくらいの距離に位置していて、歩いても15分くらいでそのホテルに着けそうだった。
そのまま受付で真尋の入院に関する手続きをいくつかした後に、美和は病院の玄関から外に出た。
すでに時刻は午前0時を回っていた。
本当に長い夜だった。
深夜の東京の街ではまだ多くの車が行き交っている中、美和は教えてもらった道順に沿って一人歩く。
歩きながら、先ほど見た真尋の青白い顔が、美和の後ろからずっとついてきているような感覚をどうしても拭い去ることはできなかった。
次の日、4月8日は朝から雲一つ無く晴れ渡っていた。
職場にはホテルの部屋から電話をかけ、娘が入院していること、その面会のため数日休むことを簡単に説明した。
ホテルのロビーでチェックアウトの手続きをして建物の外に出ると、朝の東京の街は春の穏やかな日差しの中に佇んでいた。
美和は右手で目の上に庇を作るようにして日の光を避け、目の前の世界を見る。その世界はあまりにも明るくて、昨日の夜、美和の目の前にあった世界と同じ世界だとは思えなかった。
美和は気を取り直して、昨夜歩いた同じ道をそのまま辿るようにして歩道を歩き出した。
突き当たりのT字路を右に曲がる。
「あ・・・」
美和は思わず声を漏らしていた。
美和の前に現れた街路樹は、綺麗なピンク色に染まっていた。
「こんなところに、桜があったんだ・・・」
昨日の夜は全く気づかなかった。
夜だったからだろうか。
ずっと、俯いて歩いていたからだろうか。
いや、きっと、目には桜は映っていた。だけど、その心は真尋のことでいっぱいで、この桜を認識する余裕なんてなかったからかもしれない。
そんなことを一人思いながら、桜の満開の下、美和は歩いた。
病院に着くと、警備室を案内されそこで面会の手続きを行う。
そのとき、真尋は集中治療室から一般病棟に移されたことを聞いた。真尋の病室の場所を聞くと、4階の401号室とのことだった。