創作ノート

短編小説を書いています。

閉じ込められた部屋(59)

 

真由美は、真尋を発見したときの状況をぽつり、ぽつりと呟くように話した。

美和は途中で話を遮ることもなく、黙って真由美の話を聞いていた。そして真由美が話し終えると、真由美に向かって丁寧に頭を下げたあとに、

「真尋を助けていただき、ありがとうございました」

と口にした。真由美は少し困った表情を顔に浮かべ、

「いえ」

と小さく首を横に振った。

二人の間に沈黙が訪れた。

人気のない夜の病院の待合室で、もう言葉を発する者は誰もいなかった。美和は真由美と並んで、その待合室のソファーの上に座っていた。座りながら、真由美の話の中に出てきた真尋のことをずっと考えていた。どうしても気になる点があった。

「真尋……。精神科に通っていたんですか?」

「え?」

美和の言葉に、真由美が小さな声で訊き返した。

「先ほど、真尋が精神科に通っていて、睡眠薬を処方してもらっていたと……」

「……はい」

「真尋が精神科に通っているなんて、知らなかった……。真尋は、母親の私には、そんなことは一言も言わなかったから……」

「……そう、ですか」

「真尋は……、真尋は、なぜ精神科に通っていたのか、真由美さんには何か話しましたか?」

「……詳しくは聞いていません。ただ、原因はよくわからないけど時々強い不安に襲われる、夜もよく眠れない、と言っていました」

美和はその原因について、“あのこと”以外に思い当たるものはなかった。

もしかしたら、心の奥底に閉じ込めていたあの夜の記憶が、顔を覗かせ始めていたのだろうか。どんなに忘れようとしても、まるで亡霊のように真尋の後ろに付き纏い続けていたのではないのだろうか。

それで精神科に通い始めた真尋。

精神科に通っていることを大学の友人である真由美には話していたのだけど、母親である美和には話すことはなかった。そのことも美和の中で大きな引っ掛かりとなって残っていた。

母親に話してしまうと、母親が自分のことを心配してしまうと思ったのだろうか。心配をかけたくないと思ったのだろうか。

美和は微かに首を横に振る。

きっと、そうではない。

母親に助けを求めたところで、母親は自分を助けてはくれない。

そんな思いが真尋の心のどこかにあったのだと思った。

 

“どうして、私を助けてくれなかったの?”

“どうして、私を見殺しにしたの?“

 

あの夜、6歳の真尋が涙をぼろぼろとこぼしながら、母親である美和に対して叫ぶように口にした言葉を思い出していた。

 

 

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