こだわりが強くて単独行動を好む有希と、明るく、社交的な美咲。
性格が正反対の二人だったのだけど、なぜかうまが合った。
始めは二人が出会ったバトミントンサークルの活動の中で、たくさんいる新入生の中の二人という形で会話をしたり、一緒にサークル活動をしたりしていただけだった。だけどその関係がサークルの活動を超えて広がっていき、そして深くなっていくのにそれほど時間はかからなかった。
有希は文学部に所属していて、美咲は商学部に所属していた。学部も学科も全く違っていたので大学の授業も基本的には違っていたのだけど、一緒に受講できる共通科目があれば二人で示し合わせて同じ授業をとったりしていた。
そして大学の授業の合間やその後に、二人の都合が空いていれば二人して色々なところにでかけた。
地方から東京に出てきたばかりの有希は、東京という街は別世界のどこか恐ろしい場所だった。だけど、美咲という友達が隣にいれば全然怖くなかった。美咲がその街を、いつだって本当に楽しい街に変えてくれた。
その有希と美咲の二人の輪の中に、岡田奈緒が加わったのはいつだっただろうか。気づいたら、その輪の中に奈緒はいた。
奈緒も美咲と同じ商学部の学生で、その商学部の授業の中で美咲と出会ったと奈緒の口から聞いたことがある。
ある日、たまたま有希と奈緒が二人でいる時に、美咲との出会いの話になった。
「美咲ったら、私の顔を見た途端、『あなたは、私の友達になるって決まっているの』って言うんだよ」
奈緒は穏やかな笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「私が『なぜ?』と聞き返したら、『理由なんてない。ただ、私が友達になりたいって感じただけ。でもそれって大切なことでしょ?』って言うんだもん。本当にびっくりした」
「そうなんだ。私の時と同じだ」
有希と奈緒は思い出すようにしてくすくすと笑い合った。
有希と美咲という二人の輪の中に、おとなしくて引っ込み思案の奈緒という輪がもう一つ加わっていた。三人の性格は全く違っていたのだけど、有希は美咲と一緒にいてもいつだって楽しかったし、奈緒と一緒にいてもいつだってリラックスした気分で自分自身を曝け出すことができた。
美咲の、友達になりたいって感じた、という直感も馬鹿にはできないのかもしれない。
三人でいると、有希はそう思うことも多かった。
大学の中ではいつも三人で過ごしていたし、大学の外にお出かけする時もいつも三人だった。あの当時の有希にとって、三人で過ごすことが当たり前のことに思えたし、それはずっと変わらないと信じていた。
有希と美咲と奈緒の三人は、美咲という太陽を中心にして、その太陽に惹きつけられる水星と金星のようなものだった。いつだって美咲を中心に回っていた。有希も、そしておそらく奈緒も、その美咲という太陽を中心に、喜んでその周りを回り続けていた。
大学4年になると、大学の中の空気は急に慌ただしくなる。
学生たちは様々な会社の会社説明会に参加し、エントリーシートを記載し、入社試験を受け始めるのだ。
有希と美咲と奈緒の三人にも、その空気は同じようにやってきた。
有希は、第一希望としていた広告代理店「クリエイティブ・エージェンシー」の内定をもらうことができた。美咲も、第一希望の国内大手商社「東洋トレーディング」の内定を勝ち取った。
美咲から、商社を受けようと考えているという話を聞いた時は始めは驚いた。美咲はどこか現実離れした空想的な雰囲気を持つ女性だった。だけど、それと同時に、驚くほど現実的でシビアな面も持ち合わせていた。だから、美咲からその話を聞いた時は始めは驚いたのだけど、すぐに、
「美咲にぴったりな道かもしれない」
と思った。
奈緒だけは第一希望の会社に入ることができなかった。それでも、地元の製造業「山本製作所」の内定を何とかとることができ、春からその会社で働くことになっていた。
それぞれが希望を持っていた。
希望を持って前に進もうとしていた。
卒業式の日、大学の講堂の前に三人は待ち合わせをして集まった。
有希、美咲、奈緒。
三人で輪になってお互いを無言で見つめる。
そして美咲が口を開く。
「私たちは、いつだって一緒だよ」
有希も、そして奈緒も頷いた。
その美咲の言葉をお守りにして、三人はそれぞれの道に進んでいった。
有希は、会葬者控室の壁に背中を預けるようにして一人立っていた。
美咲が死んだ・・・。
どこか、現実感がなかった。
明日には、いつものように「有希!」と言って、その笑顔を有希の前に見せてくれるような気がした。
目の前では相変わらず、美咲の会社の後輩と思われる若い女性が、
「佐藤先輩・・・。どうして、こんなことに・・・」
という言葉を途切れ途切れにこぼしながら、小さく嗚咽を漏らしている。
有希はその様子を見つめ続けていた。
ぼろぼろと涙を流す女性を、黙って見つめ続けていた。
有希の心の中で、いくつかの言葉が流れていく。
そうか・・・。
本当に、美咲は死んでしまったんだ・・・。
もう自分は、美咲に会うことはできないんだ・・・。
もう永遠に、美咲のあの笑顔を見ることはできないんだ・・・。
有希は、自分の頬が何かで濡れているのに気づいた。
右手でその頬に触れると、それは自分の目からこぼれ落ちた涙だった。
有希は泣いていた。涙が次から次に溢れてきて止まらなかった。
自分は、かけがえのないものを失ってしまったんだ・・・。
その涙が、有希にそのことを教えてくれていた。