10
真尋は閉じ込められた部屋の中にいた。
“放水口”からは依然として大量の水がこの部屋の中に流れ込んでいる。この小さな部屋の中に満たされていく水はその水位を上げ続け、すでに真尋の体をすっぽりと覆い尽くしていた。
先ほど何度も開けようと試してみても結局開けることができなかったドア。そのドアに背中をつけて、真尋は一人立ち尽くすしかなかった。
自分の体が沈んでいく。
深くて暗い闇の中に沈んでいく。
だけど自分にはもうどうにもできない。
水位が上がるにつれて、目の前に迫ってくる“死”という圧倒的な恐怖。その恐怖の前になすすべはなかった。ただ涙をぼろぼろと流しながら、
「ごめんなさい、ごめんなさい」
と幼い子供のようにひたすら謝り続けていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・」
もう、自分が何に対して謝っているのかも分からなかった。それでもその言葉を止めることはできなかった。
だけど、いくら真尋が謝っても、目の前の“放水口”から吐き出される水は全く弱まる気配を見せなかった。真尋を許してくれる人は誰もいなかった。
徐々に上がってくる水の高さを、首元を上がってくる一つの感覚として真尋は感じた。水は、もう口元に迫っていた。そしてとうとう水が口の高さまで来ると、真尋はこれ以上言葉を発することはできず、口を閉じる。真尋の口から零れ続けていた、
「ごめんなさい」
の言葉はもう口から零れることはなかった。
それでも懸命に背伸びをして、口を水面の上に出す。
そのとき、その真尋の目の前で、先ほど“バルブ”を回そうとして手にしていたキャンバスの木片が、根無草のように頼りなげに水の上をゆらゆらと浮かんでいるのが見えた。その存在の儚さが今の自分自身を表しているようで悲しかった。
やっぱり駄目なんだ・・・。
やっぱり私は許されないんだ・・・。
鉛のような疲労感の中で、諦めの気持ちが、じわじわと自分の胸の中に滲んで広がっていくのを感じる。
自分なりに必死になって生きてきたつもりだったけど、自分は周りの人たちを不幸にしただけだったのかもしれない。自分がいなければ、父は“しつけ”なんてすることはなかった。自分がいなければ、父が死ぬことはなかった。自分がいなければ、母は苦しみと絶望の中を、自分という子供と一緒に過ごすことはなかった。
自分なんて、本当は生まれてこなかったほうが良かったんだ。
真尋は感情を失った濁った目で、“放水口”から流れ続ける水を見つめる。そして、
「お母さん・・・、ごめんなさい」
最後に自分の母親に謝った。
だけど、もう疲れたよ・・・。
ゆっくりと休みたい・・・。
心の中でぽつりと呟くと、背伸びした足の力を抜いた。