真尋は、自分の目の前の壁に描き殴られた“全て、お前がやったんだ”という文字を隠すように、手に持った絵を再び壁に掛け直した。これ以上、その文字を見ていられなかった。
部屋は、耳が痛いくらいの静寂に満たされていた。
その静寂の中で、真尋の心の中で蘇った過去の記憶、そしてその過去の記憶が一緒に引き連れていた、心が壊れそうなくらいの悲しみと絶望が少しずつ引いていく。
真尋は冷静に、今の自分の状況を考え始めていた。
ふと、真尋は重要なことを今更ながら気づいた。
この絵には、なぜ、私の過去が描かれているのか・・・。
真尋自身すら失っていた自分の過去の記憶だった。
当然、その自分の記憶について他の誰かに話したことなんて一度もない。自分のしたことを知られることを恐れていたはずの母が、そのことを誰かに漏らすということも想像しにくかった。
それなのに先ほどの絵には、あの夜の、母が家を出ていくのをじっと見つめている真尋自身がモチーフとなった絵が描かれていた。そして今、目の前にある絵には、ベッドに横になった父を感情を失った顔で見下ろしている真尋自身がモチーフとなっている絵が描かれている。
確かにこの絵は色々とデフォルメされて、中世ヨーロッパのような雰囲気を湛えている。もしかしたら、全く別の何かを描いた絵なのかもしれない。だけど真尋には、この男の姿は父であり、この女性の姿は母であり、そしてこの少女の姿は自分であるとしか思えなかった。
素直に考えて、そのような絵がこの場所にあること自体が異常だった。
真尋は首をゆっくりと横に振る。
そもそもとして異常なのが、今、真尋は、見知らぬ部屋に閉じ込められているという状況なのだ。
私はなぜこのような部屋に閉じ込められているのか・・・。
おそらく、この絵が関係しているはず。
そしてこの絵が関係しているということは、真尋の過去が関係していることになる。真尋が自分の父親を殺したという過去が。
例えば、真尋の過去を何らかの方法で知った誰かが、真尋にそのことを思い出させるためにこの2枚の絵を用意し、そして真尋をこの部屋に閉じ込めたということはないだろうか。だけど、わざわざそのような手の込んだことをする目的が分からなかった。少なくとも真尋にはその目的を推測することもできなかった。
真尋に罪を突きつけるだけであれば、それこそこんな場所に真尋を閉じ込める必要なんてない。ただ真尋の前に現れて、
「お前は、自分の父親を殺したんだ」
と告げればいい。
だけど、この絵を見るまでは真尋はその自分の過去を忘れていた。無理やりその記憶を心の奥底に閉じ込めていた。
もしかして、私自身に自分のしたことを思い出させるために、わざわざ私をこの部屋に閉じ込めて、そして私の過去の過ちを描いた2枚の絵を私に見せたの・・・?
その“誰か”は、記憶を失った真尋に言葉で言ったところで何も通じないとでも思ったのだろうか。
あるいは、真尋自身が思い出さなければ意味がない、と、その“誰か”は考えたのだろうか。