創作ノート

短編小説を書いています。

2024-04-01から1ヶ月間の記事一覧

閉じ込められた部屋(73)

9 その日、美和は自分でもどのようにして家に帰ったのか分からなかった。 気づいたら自分の家のリビングで一人、呆然としながら床に座り込んでいた。手元のバッグの中には、真尋の部屋から持ち帰った手紙が入っていた。 もう病院に行くのが怖かった。 病院…

閉じ込められた部屋(72)

「お母さん。 お母さんにとって、私はどのような娘だったのでしょうか。 一度は訊いてみたかったけど、お母さんの口からどんな言葉がこぼれるのか分からなくて、それを想像するのも怖くて、結局、一度も訊くことができなかった。 今、この手紙を、一人部屋の…

閉じ込められた部屋(71)

左右に視線を巡らせ、誰も自分を見ている者がいないことを確認してから、美和は開いたドアの内側に体を差し込む。 ドアが閉まり切ると、ドアの鍵を閉めた。これからこの部屋で美和が見つけようとしているものを、他の誰かに見られたくなかった。 鍵を閉め終…

閉じ込められた部屋(70)

真尋が住むマンションのある最寄駅には、午後三時過ぎに着いた。 大学から電車で一本のその駅は、学生が多く暮らすのか私服を着た若者が目につく。 美和は改札を出て、駅前に設置されていた周辺地図に向かった。手帳を出して、真尋のマンションの住所と地図…

閉じ込められた部屋(69)

真尋が一人暮らしを始めた際、 「何かあった時のために渡しておくね」 と真尋に言われて、美和は合鍵を一つ受け取っていた。 その時に、マンションの入り口のオートロックについても、その暗証番号を書いたメモを受け取っていた。確か合鍵は物入れの一番上の…

閉じ込められた部屋(68)

男は手元の手帳に何やら書き込んだ後に、また美和を見遣る。ひどく冷たい目だった。 「一点、確認させてください」 「・・・はい」 「お母様は、真尋さんの自殺未遂の理由について、何か心当たりはありますか?」 美和は男から視線を外して、足元を見る。そ…

閉じ込められた部屋(67)

8 ピンポーン。 突然チャイムの音が鳴った。 「はい」 ドアの外に声をかけながら、美和はドアノブを握る。小さくドアを開けると、玄関先に50代くらいのスーツを着た一人の男性が立っていた。 真尋が入院してから一週間が経っていた。 依然として真尋は眠…

閉じ込められた部屋(66)

美和は、サイドボードの上に置かれたバーバリウムを見つめていた。 ピンク色のバラが透明な液体の中に浮かんでいる。 そこに、窓から差し込む日差しが当たり、きらきらと光っていた。 そのバーバリウムは、昨日、病院からの帰りに美和がデパートで買ってきた…

閉じ込められた部屋(65)

美和の前に座る森田医師は、やはりひどく疲れた顔をしていた。 元々このような顔なのだろうか。 森田医師の顔を見て、そのような場違いなことを美和は思った。 A03診察室。その小さな部屋の中で美和は森田医師と対面するようにして座っていた。 森田医師は徐…

閉じ込められた部屋(64)

結局、その日に真尋が目を覚ますことはなかった。 夕方に一度病室を訪れた森田医師は、 「明日まで様子を見てみましょう」 と美和に一言告げた後、病室を出ていった。 N大学附属病院では面会時間は18時までと決められている。17時半が訪れると、美和は、…

閉じ込められた部屋(63)

401号室の前に着く。 ドアの横の入院患者の表記を見ると、「佐藤真尋」しか書かれていない。 真尋一人の部屋だろうか。 念の為、ドアを一度ノックしてみる。 中からは何の返事も返ってこない。 美和は、 「失礼します」 と小さな声で言ってから、そのドア…

閉じ込められた部屋(62)

その日は夜も遅いということもあって、病院に近くのホテルを紹介してもらって美和はそこに宿泊することにした。 次の日も、朝から真尋の面会に病院に訪れようと考えていた。 病院の受付でホテルの電話番号を聞く。 美和が自分の携帯電話でホテルに電話をかけ…

閉じ込められた部屋(61)

「真尋の手に触れても大丈夫ですか?」 「はい。大丈夫です。ぜひ、手を握ってあげてください」 看護師は事務的な口調で答える。 美和はベッドの上に投げ出された真尋の右手に触れる。そしてそのままその手を強く握った。真尋の右手は氷のように冷たかった。…

閉じ込められた部屋(60)

7 白い看護服を着た一人の若い女性が待合室に小走りで歩いてきた。 「佐藤真尋さんのお母様はいらっしゃいますか?」 「はい、私です」 美和は右手を小さく上げて、立ち上がった。 少し遅れて真由美も立ち上がる。 「あの、私は、これで失礼します・・・」 …

閉じ込められた部屋(59)

真由美は、真尋を発見したときの状況をぽつり、ぽつりと呟くように話した。 美和は途中で話を遮ることもなく、黙って真由美の話を聞いていた。そして真由美が話し終えると、真由美に向かって丁寧に頭を下げたあとに、 「真尋を助けていただき、ありがとうご…

閉じ込められた部屋(58)

彼女の部屋はワンルームでした。 玄関から入って右手側にキッチンがあり、左手側に浴室のドアが見えました。そして玄関の正面には、ちょっとした廊下の向こうに、厚手のカーテンが引かれた窓が目に入りました。 その窓の厚手のカーテンが夕方の外界とこの部…

閉じ込められた部屋(57)

エレベーターで11階に上がると、真尋さんの部屋の前に向かいました。 そして私はドアの前に立ち、ドアの横に設けられていたチャイムのボタンを押しました。 ピンポーンという音が、部屋の中で響いているのが聞こえました。 彼女がドアを開けて、 「あれ、…

閉じ込められた部屋(56)

その日は16時までびっしりと講義が入っていました。 その間、真尋さんから返信が来ていないかと何度もスマホを確認していました。だけど、彼女からの返信は一通も来ていなかったし、そもそも私が朝に送ったメッセージには、「未読」の表示がそのまま変わら…

閉じ込められた部屋(55)

次の日、つまり、今日です。 私は朝から大学の講義がありました。真尋さんも私と一緒にその講義をとっていました。彼女は私とは違って、朝が早かった。いつも私が来る前に席についていて、私が教室に入ると、 「真由美」 と私に向かって小さく手を振ってくれ…

閉じ込められた部屋(54)

美和は、以前、真尋の口から真由美という名の大学の友人がいるという話を聞いたことがあったことを思い出した。 真尋から学校の友人の話が出ることは珍しかったので、その名前を覚えていた。 「同じバトミントンサークルに入っている子で、真由美って子がい…

閉じ込められた部屋(53)

美和がN大学附属病院に着いたのは、夜22時半を回っていた。 12階建ての建物は、夜の街に立ちつくす巨人のように美和の前に立っていた。もう夜も遅くなっており、その窓の半分以上はすでに灯りが消されている。 その建物の入り口に「N大学附属病院」とい…

閉じ込められた部屋(52)

N大学附属病院から、美和に突然の連絡があったのは4月7日の夜9時過ぎだった。 美和は一人の夕食を済ませ、食器を洗って後片付けをしていた。 そのとき居間の机の上に置いていた携帯電話が突然震え出した。机に振動が伝わり、ガーガーと大きな音を立てる。…

閉じ込められた部屋(51)

美和は持ってきたバッグを開き、その中から一つの包みを取り出した。 昨日この病室を訪れた際に、この部屋の殺風景さがひどく気になっていた。 何か気分を変えてくれるようなものをこの部屋に置きたいと思った。ただし、真尋が入院しているN大学附属病院では…

閉じ込められた部屋(50)

6 佐藤美和は、建物の正面玄関から中に入ると、待合室を真っ直ぐに抜けて警備室に向かった。 平日午前中の待合室では、順番待ちをしている高齢者が数人、座席に座っていた。その座席の前では大型のモニターが設置されていて、それぞれの受付での順番待ちの…

閉じ込められた部屋(49)

水は徐々に、そして確実に真尋の体を沈めていく。 そして水が真尋の首のところまできた時に、真尋の中で一つの魔物が顔を覗かせ始めた。それは必死になって真尋自身が押さえつけていたものだった。その正体を見るのが怖くて怖くてたまらなくて、だから必死に…

閉じ込められた部屋(48)

真尋は木片を持った右手を開き、その木片を手放した。 もう真尋の中に、その木片を持ち上げる力は残っていなかった。 それは、その“バルブ”を回すことを諦めた瞬間だった。 木片は水の上に浮き上がり、水流に押し出されるように真尋から離れていく。その様子…

閉じ込められた部屋(47)

手に持ったキャンパスをドアノブに叩きつけているうちに、そのキャンパスの四辺を囲うように取り付けられていた木枠が外れかかってきた。それらは釘で固定されているわけではなく、接着剤のようなもので絵に固定されていた。 真尋はドアノブに絵を叩きつける…

閉じ込められた部屋(46)

何とかして、この水を止める方法は無いのか。 真尋は水の中で足を擦るようにして、一歩、一歩、その“放水口”に近づく。 そして改めて上を見上げて天井のパネルの奥を見つめた。そこに何か水を止める手段が隠されていないか、そこに望みをかける。 開いたパネ…

閉じ込められた部屋(45)

真尋はドアノブを握り、自分の体を引っ張り上げるようにして何とか立ち上がる。 服が水を含んでいて鉛のように重かった。その間も、天井から流れ落ちる水からは目を離すことはできなかった。その“放水口”から流れ落ちる水の勢いは、弱まることを知らなかった…

閉じ込められた部屋(44)

ぽた・・・。 「え?」 真尋は、自分の頬に何かが落ちてきたような感触を感じて、小さな声を挙げた。慌てて右手でその頬を触る。そして右手を目の前に持っていき、よく見ると、何かで濡れているかのように、部屋の電灯の光を反射して鈍く光っていた。水だろ…