創作ノート

短編小説を書いています。

閉じ込められた部屋(69)

 

真尋が一人暮らしを始めた際、

「何かあった時のために渡しておくね」

と真尋に言われて、美和は合鍵を一つ受け取っていた。

その時に、マンションの入り口のオートロックについても、その暗証番号を書いたメモを受け取っていた。確か合鍵は物入れの一番上の引き出しに入れ、そして暗証番号のメモは手帳に挟み込んでいたはず。

真尋が一人暮らしを始めて約二年が経っていたが、それまで美和は真尋の部屋に行ったことは一度もない。

真尋の部屋に行かなければならないような用事なんてなかったし、何か連絡する必要に迫られた場合はメッセージアプリや電話で済ませていた。そもそもとしてそのような場合すら、この2年間で数えるほどしかなかった。

真尋はどのような場所で暮らしているのか。

あのようなことがあった真尋が、ちゃんと一人で暮らしていけるのか。

気にはなっていた。

だけど、美和は真尋に尋ねたりはしなかった。あの夜のことで真尋に引け目を感じていたのもあったし、心のどこかでは、真尋は母親である自分とできるだけ離れて生きたほうがいいのかもしれない、と思っていた。

「私がそばにいると、私が何かのきっかけになって、真尋があの夜のことを思い出してしまうかもしれない」

そんな危惧をいつだって抱いていた。

だから、美和の方から、

「真尋の部屋に行ってもいい?」

と言ったことなんて一度だってなかった。

そして同じように、真尋の方から美和に、

「お母さん、今日、うちに来ない?」

と誘うこともなかった。

警察を名乗る男が帰っていった後、美和は部屋の中に戻り、物入れの一番上の引き出しを開けて中を覗いた。

真尋からもらった時のまま、鍵が裸で入れられていた。その鍵を手に取って眺める。なんの変哲もない鍵だった。

美和は少し考える。

今日、このまま真尋の面会に行くべきだろうか。それとも面会を取りやめて、その代わりに真尋の部屋に行くべきだろうか。

考えるまでもなかった。美和の中ではすでに答えが出ていた。

 

ごめん・・・。

真尋・・・。

今日は行けない・・・。

 

心の中で真尋に謝る。

そして先ほどまでしていた外出の準備の続きを始める。最後に机の上に置かれた手帳を手に取って中を開いた。手帳の裏表紙に挟み込まれている、真尋からもらった暗証番号のメモと、その暗証番号の下に同じように書き込まれている真尋の部屋の住所を確認して手帳を閉じた。

 

 

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