美和がN大学附属病院に着いたのは、夜22時半を回っていた。
12階建ての建物は、夜の街に立ちつくす巨人のように美和の前に立っていた。もう夜も遅くなっており、その窓の半分以上はすでに灯りが消されている。
その建物の入り口に「N大学附属病院」という看板が掲示されているのを確認し、美和は玄関から中に入る。すでに診察時間は過ぎているのか、夜の病院の待合室は人もまばらだった。
自分は、どこに向かえばいいのだろう。
とりあえず受付で聞いてみるしかない。
そう思い、美和は受付で事務作業をしていた女性職員に、
「すみません」
と声をかける。
「はい。何でしょうか」
「先ほど、この病院から、私の娘が緊急搬送されてきたので至急来て欲しいとの電話があって、私はどちらに行けばよろしいでしょうか」
「患者様のお名前を教えていただけますでしょうか」
「佐藤真尋といいます。あの、私は、真尋の母親の佐藤美和といいます」
「少々お待ちください」
女性職員はパソコンを操作して何やら確認する。そしてすぐに、
「担当の者がこれからこちらに来るので、しばらく待合室でお待ちください」
と美和に告げた。
「分かりました」
小さく頭を下げて、受付のすぐ前に設けられている待合室に歩いた。がらんとした待合室の端のソファに腰をかける。そして俯きながらじっと時間が過ぎるのを待っていた。
その時だった。
「あの、すみません・・・」
頭の上から声が聞こえた。顔を上げると、一人の若い女性が美和のすぐ前に立っていた。白いブラウスの上に紺色のカーディガンを羽織っている。黒いロングスカートが落ち着いた雰囲気を彼女に与えていた。真尋と同年代だろうか。
女性は申し訳なさそうな表情をして、美和を見ていた。
「佐藤真尋さんの、お母様でしょうか・・・?」
美和は、その女性の口から突然“真尋”の名前が出てきたことに驚いた。以前、自分は彼女とどこかで会っているのだろうか。だけど、目の前の女性の顔は、美和の記憶の中にはなかった。
美和が訝しげな顔をしているのを見て、その女性は取り繕うように、
「突然ごめんなさい・・・。先ほど受付で話されている声が聞こえてきて・・・。そこで真尋さんの名前が聞こえたので・・・」
と口にした。
そういうことだったのか、と美和は思い、
「はい・・・。私は、佐藤真尋の母ですが・・・」
と言葉を返した。
「私、佐藤真尋さんと同じ大学に通っている、友人の藤原真由美といいます」
その女性は、美和に対して丁寧に頭を下げた。