真尋の実家は埼玉県S市にあった。
大学生になって一人暮らしをするまではずっとその家で暮らしていた。家といっても小さな部屋が二つあるだけの賃貸アパートで、その家で母とそれこそ膝を寄せ合わせて、息を潜めるようにして暮らしていた。
その日、高校の午後の授業が終わると、真尋はすぐに学校を出た。
住民票をもらうためにS市にあった区役所に行こうと思っていた。その区役所は17時15分には閉庁してしまうためいちいち家に寄って私服に着替える余裕はない。仕方なく真尋は制服姿のままその区役所に向かった。
高校の最寄駅から電車に乗り、区役所がある駅で途中下車をする。その駅は近辺では比較的大きな駅となっていて、真尋と同じような制服を着た学生も多く乗り降りをする。真尋は彼らの群れに紛れるようにして改札口を出た。
目的の区役所は駅から歩いて10分ほどの距離だった。
駅前に設置された地図で簡単に道順を確認してから、真尋はゆっくりと歩き出した。
平日の午後の区役所は、多くの人で溢れかえっていた。
いくつかの窓口にはそこで手続きをしている人が立っていて、また、彼らを待つように待合室の椅子のほとんどは埋まっている。その多くは中年の女性や、高齢の男性たちだった。真尋のような制服を着た人は一人もいなくて、その制服がひどく目立った。
真尋は受付前に設けられた書類置き場から交付依頼書を取り出し、そこに必要事項を記載していく。交付書類に「住民票1枚」と書いた。それが終わると、順番待ちのシートを受け取り、自分の番が来るのを待合室の隅の椅子に座ってひたすら待っていた。
15分ほど経って、
「110番のシートをお持ちのお客様、3番窓口までお越しください」
とアナウンスが待合室に流された。
真尋が先ほど受け取ったシートに記載された番号を確認する。110番だった。急いで立ち上がって、3番窓口に向かった。
そして、
「住民票の交付をお願いします」
という言葉と共に、窓口の向こう側に立つ50歳代の男性職員にその交付依頼書を手渡す。
「身分証明書の提示をお願いします」
「保険証でも大丈夫ですか」
「はい。大丈夫ですよ」
真尋は鞄から保険証を取り出し、その男性職員に見せた。彼は特に疑うこともなくその保険証を確認し、真尋に、
「住民票交付まで、待合室で少しお待ちください」
と一言告げてから、奥に引き下がっていった。
10分ほど待っていると、先ほどの男性職員に、
「佐藤様、住民票の準備ができました」
と声をかけられた。真尋は再び急いでその窓口に向かった。そして住民票発行の代金300円と引き換えに、一枚の紙を受け取った。