創作ノート

短編小説を書いています。

閉じ込められた部屋(71)

 

左右に視線を巡らせ、誰も自分を見ている者がいないことを確認してから、美和は開いたドアの内側に体を差し込む。

ドアが閉まり切ると、ドアの鍵を閉めた。これからこの部屋で美和が見つけようとしているものを、他の誰かに見られたくなかった。

鍵を閉め終えると再び振り返り、部屋の中に視線を戻す。

初めて見る真尋の部屋だった。まだ午後三時を回った時間なのに、部屋の中はひどく薄暗かった。短い廊下の先に見える窓は、カーテンが締め切られていた。

「真尋。・・・入るね」

この部屋の中にいるはずもない部屋の住人に向かって一言呟いてから、靴を脱いで玄関を上がった。

玄関を上がってすぐ右手にスイッチがいくつか並んでいるのを見つけ、美和はその全てを押す。すると、廊下とその奥のリビングの電灯が点いた。部屋の中は突然人工的な光が溢れた。狭い部屋と、その部屋を満たす人工的な光。その閉塞感の中で、嫌な息苦しさを感じる。

美和はゆっくりとその短い廊下を進む。

その途中にあるキッチンでは、几帳面な真尋らしく、洗った後の食器がかごの中に丁寧に並べられていた。

リビングは6畳ほどの広さの部屋だった。

大学生の一人暮らしなら、このくらいの広さも珍しくはないのだろう。

部屋の中央にローテーブルが置かれ、そのローテーブルを挟むようにテレビ台と座椅子が置かれている。そして部屋の隅には小さなベッドが置かれていた。

美和はまず、カーテンが締め切られた窓に歩み寄る。

この嫌な閉塞感を少しでも緩和させたくて、カーテンを思い切り左右に開いた。窓の下には、春の午後の日差しの中で、平和で穏やかな住宅街が広がっていた。

その光景はあまりにも平和で、そしてあまりにも優しくて、その空間と、今、美和が立っているこの空間がつながっているということが信じられなかった。

美和はしばらくその光景を見つめた後、ゆっくりと後ろを振り返る。これから自分はこの部屋で、あるものを探さなければならないのだ。自分に言い聞かせて、改めて部屋の中に視線を巡らせた。

部屋の中央のローテーブルには、空の薬ケースがその口を開いたまま置かれていた。病院の待合室で真由美から聞いた通りだった。だけど、空の薬ケース、そしてその横に置かれた水が半分まで入ったコップを実際に目にして、その現実のあまりの生々しさに、美和の心は小さく震えた。

「なぜ・・・。こんなことを・・・」

この部屋の中にいたはずの真尋に問いかける。

だけど、すでに真尋はこの部屋からいなくなっている。美和の言葉はもう真尋には届かなかった。

座椅子の後ろに、美和の腰くらいの高さの収納ケースが置かれていた。そのケースの上に、真尋が読んでいた本なのだろう、本立てにもたれかかるようにいくつかのハードカバーの本が並んでいる。

美和は静かにその収納ケースに歩み寄った。本の背表紙を眺める。本は、心理学の本が多かった。

真尋は真由美に、

「原因はよくわからないけど時々強い不安に襲われる、夜もよく眠れない」

と言っていたという。

その本の背表紙に、苦しみ続けていた真尋の心が透けて見えるようだった。

ふと、それらの本の間に白いものが挟まれているのが目に留まった。

何だろう。

右手を伸ばし、その白いものを摘む。

本の間から引き抜くと、それは白い封筒だった。

「これは・・・」

美和は呟く。

封筒の表には、“お母さんへ”と書かれていた。几帳面な真尋の文字だった。

美和は震える指でその封筒を開けて、中の便箋を取り出した。

 

 

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