創作ノート

短編小説を書いています。

閉じ込められた部屋(68)

 

男は手元の手帳に何やら書き込んだ後に、また美和を見遣る。ひどく冷たい目だった。

「一点、確認させてください」

「・・・はい」

「お母様は、真尋さんの自殺未遂の理由について、何か心当たりはありますか?」

美和は男から視線を外して、足元を見る。そのまま視線を合わせていると心を見透かされてしまいそうな、そんな怖さを感じた。

真尋が自殺未遂をした理由。

美和には、14年前のあの夜のことしか思い当たることはなかった。

だけど、そのことを警察に告げるということは、真尋の、そして美和自身の罪を告白するということでもあった。

言えるわけがなかった。

「私も、真尋がなぜあのようなことをしたのか、分からないです・・・」

「たとえば、真尋さんが誰か男性とお付き合いしていたとか、最近失恋したというような話をお聞きになったことはありますか?」

「いえ、ありません」

「・・・そうですか」

男は手帳越しに、美和に視線を向ける。

「ところで、お母様は、真尋さんが病院に運び込まれた後に、真尋さんの部屋に行かれましたか」

「いえ。行っていません」

「なぜ」

「なぜって・・・。この一週間は真尋が病院に入院していて、そして真尋は全く目を覚まさなくて・・・。真尋の部屋に行っているような余裕はなかったものですから」

「真尋さんの部屋に、真尋さんが自殺未遂した理由について何か手掛かりになるようなものがあるとは考えなかったのですか」

「手掛かり・・・ですか」

「そうです。たとえば、真尋さんの遺書が部屋に残されているとか」

その男の言葉に、美和ははっとした。

そうだ。確かに、真尋は自分の部屋に遺書を残しているかもしれない。

もちろん衝動的に睡眠薬を過剰摂取したということも考えられる。当然その場合は遺書なんて書いてないだろう。だけど、美和には衝動的に自殺を図る真尋の姿が想像できなかった。何か強い理由があり、強い動機があって自分の行動を選択する。美和にとって真尋は、そのような存在だった。そのような存在であるからこそ、真尋が6歳の時のあの夜が起こってしまったのだと信じていた。

なぜ、そのことに今まで思い至らなかったのだろうか。

「まあ、いいでしょう」

男は手帳を閉じて、内ポケットにしまう。

「N大学附属病院からは、真尋さんが過剰摂取したのは睡眠薬に間違いないとの話は聞かせてもらっているし、真尋さんが通っていた心療内科にも話を聞いて裏が取れています。違法薬物の摂取や、何か犯罪に巻き込まれたということでもないでしょう」

男は追加で何点か美和に質問した後、

「お忙しい中、ありがとうございました」

という言葉を残して帰っていった。

美和の前でドアが閉じられていく。

美和は、そのドアを見るともなく見つめていた。そしてそのまましばらく玄関に立ち尽くしていた。頭の中では、先ほどの男が口にした言葉を思い出していた。

“真尋さんの遺書が部屋に残されているとか“

男はそのように口にした。

もし本当に真尋の部屋に遺書が残されているのだとしたら、真尋がこのようなことをした理由も分かるかもしれない。それが分かれば、目を覚ますことのない真尋に何か手を差し伸べることができるのかもしれない。

美和は、そんな微かな希望を必死になって信じようとした。

 

そうだ・・・。

真尋の部屋に行ってみよう・・・。

私は、真尋の部屋に行かなければならない・・・。

行かなければならないんだ・・・。

 

 

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