結局、その日に真尋が目を覚ますことはなかった。
夕方に一度病室を訪れた森田医師は、
「明日まで様子を見てみましょう」
と美和に一言告げた後、病室を出ていった。
N大学附属病院では面会時間は18時までと決められている。17時半が訪れると、美和は、いまだに眠り続けている真尋に
「真尋・・・、明日も来るね」
と声をかけてからその病室を後にした。
美和はその日は埼玉県の自宅に戻った。
疲れ果てた体を引きずるようにして電車を乗り継ぎ、ようやく自分の家の前にたどり着く。
「ただいま」
家の中には誰もいないと分かっていても、いつもの習慣で小さく声に出してからドアを開けた。着ていた春物のコートをハンガーにかけ、とりあえず水を飲もうと台所に向かった。
シンクに視線を向けると、洗いかけの食器がそのまま置きっぱなしになっていた。
「そうか・・・」
昨日の夜、突然病院から電話がかかってきて、そして洗い物もほっぽり出して病院に向かったのだ。あれからまだ一日しか経っていないのだ。洗いかけの食器を見て、そのことを今更ながら思い出した。時間的には一日しか経っていないのだけど、もっと長い時間がその間には挟み込まれているように感じる。あの電話がかかってくる前と、かかってきた後。同じ世界のはずなのに、美和の目から見える世界は全く別物のようだった。
洗いかけの食器は、その場で洗い直した。
その日は簡単に夕食を済ませ、夜21時過ぎには就寝した。
明日も病院に行く予定だった。この二日間、心身ともに疲れ果てていたので、少しでも早く休みたかった。
次の日も、外は穏やかに晴れていた。
美和は朝起きると、早速外出の準備を始める。
真尋が入院するN大学附属病院の面会時間は14時から18時までとなっていたのだけど、美和は病院に特別に許可を取り、付き添いという形で朝9時からの面会が許されていた。
病院には9時過ぎに着いた。
そして前日と同じように警備室で面会の手続きをして401号室に向かう。401号室の前に辿り着いてそのドアの横を見ると、ドアの横に張り出されている入院患者の氏名は「佐藤真尋」一人だけのままだった。
ドアを静かに開けて、中に入る。
前日に見た光景と全く同じ光景が、まるでコピーされたかのように美和の前に広がっていた。
そしてその日も、真尋は前日と全く同じ姿勢のまま、指一本動かすこともなく眠り続けていた。
午後の早い時間に一度、看護師が病室を訪れた。
病院から突然電話があった夜、美和を病院の待合室から真尋の元まで連れていってくれた看護師だった。その看護師は真尋のベッドの横の計器の数値を確認し、手持ちのボードの上の紙に何やら書き出していた。それが終わると美和に、
「失礼します」
と声をかけて、その部屋を後にしようとした。
「あの、すみません」
美和は、その看護師を呼び止めた。
「はい、何でしょうか」
「真尋のことなのですが、一昨日の夜は、森田先生には“明日には目覚めるでしょう”と言われたのですが、まだ目覚めません。真尋は、いつ目覚めるのでしょうか」
看護師は明らかに困った表情を顔に浮かべていた。
「私からは、何とも・・・」
「それでは、森田先生とまたお話をさせていただけないでしょうか」
「・・・分かりました。森田医師に確認してみます」
看護師は一度頭を下げて、病室を出ていった。
そして30分ほどして再び病室を訪れ、美和に、
「森田医師からも話があるとのことなので、本日のお帰りの際、17時頃にA03診察室にお越しください」
と告げた。