創作ノート

短編小説を書いています。

閉じ込められた部屋(63)

 

401号室の前に着く。

ドアの横の入院患者の表記を見ると、「佐藤真尋」しか書かれていない。

真尋一人の部屋だろうか。

念の為、ドアを一度ノックしてみる。

中からは何の返事も返ってこない。

美和は、

「失礼します」

と小さな声で言ってから、そのドアを開けた。

部屋には四つのベッドがあって、三つのベッドの上には誰も寝ていない。窓際のベッドの一つに、真尋が昨日の夜見た姿のままで寝ていた。

窓からは、白いカーテンの隙間を縫うようにして春の穏やかな日差しが部屋の中に差し込んでいた。

美和は音を立てず、真尋が寝るベッドに近づく。

真尋の顔を見るのが怖かった。昨日見た、死人のような青白い顔がどうしても記憶の中から拭い去ることができなかった。それを再び見てしまうのではないのか。そう思えて仕方がなかった。

「真尋・・・」

声をかける。当然のように真尋から返事が返ってくることはない。

恐る恐る真尋の顔に視線を向ける。

真尋の顔には相変わらず人工呼吸器が取り付けられていた。

だけど、その奥にある顔は、少しだけ赤みが刺しているように美和には見えた。

ほっとしたような気持ちで一つ息を吐いてから、

「真尋・・・、おはよ・・・。今日も来たよ」

と眠り続けている真尋に言葉をかけた。

ベッドの横には面会者が座ることができるようにということなのか、一脚の丸椅子が置かれていた。

美和は、持ってきた自分の鞄をベッドの脇に置いてから、その丸椅子に座った。

途端に手持ち無沙汰になった美和は病室の中を見るともなく見る。

部屋の中に置かれているのは入院患者の荷物を入れるための小さな物入れと、ベッドの横のサイドボードくらいだった。調度品のようなものは特に置かれておらず、ひどく殺風景だった。もともとは患者を治療することを目的にした場所なので、ある意味ではそれも当たり前なのかもしれない。

それまであまり病院というものに縁がなかった美和は、病院とはこんなにも寂しい場所なのかと改めて感じた。

そのまま視線を窓の外に向ける。

窓からは、先ほど病院に来る途中その下を通ってきた満開の桜の木が見えた。

美和はしばらく、その桜の木を見ていた。

真尋の顔を見続けるのが辛かった。

そしてその桜の木を見つめながら、昨夜の森田医師の言葉を思い出していた。

森田医師は、

「明日には目覚めると思います」

と言った。

そしてその後に、

「真尋さんが目覚めた時に、真尋さんは辛い現実に直面することになります。ぜひ、お母様が支えてあげてください」

とも言った。

 

真尋が目を覚ました時、私は真尋にどんな言葉をかければいいのだろうか・・・。

どんな言葉をかけられるというのだろうか・・・。

 

窓から見える桜の花を見つめながら、その答えをずっと探していた。

 

 

にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村

小説ランキング
小説ランキング