創作ノート

短編小説を書いています。

閉じ込められた部屋(36)

 

「真尋、そんなところで何をしてるの?」

背後からの突然の声に、真尋は緩慢な動きで後ろを振り返る。寝室からの物音で目が覚めたのか、母が寝室の入り口に立っていた。

真尋は何も答えなかった。ただ暗闇の中で眼を光らせながら、母の姿を見つめている。

母はその真尋の様子に尋常ではない何かを感じたのか、黙ったまま寝室の中に入ってきた。そしてベッドの上のものを見た瞬間、

「ひっ」

と声にならない悲鳴をあげた。

ベッドの上では、一人の男が頭にポリ袋を被り横たわっている。全く動く気配はない。半透明のポリ袋の奥でカッと見開かれた眼がどこでもない空間を見つめている。明らかに生気を失っている。

母は右手で口を押さえるようにしながら、かつて父だったものをしばらく見つめていた。そして震える声で、

「真尋・・・、あなた、なんてことをしたの・・・」

と呟いた。

母は両膝を床につけ、視線を真尋に合わせる。そして真尋の肩を両手で強く握り、

「真尋、あなた、自分が何をしたのか分かっているの」

と言葉をぶつけた。両肩を強く揺さぶられた真尋は、されるがままに頭を揺らしていた。その動きが止まった後、真尋の口から、掠れるような小さな言葉がこぼれ落ちた。

「どうして・・・」

母は真尋のその言葉が聞き取れなかったのか、「何?」と聞き返す。

それまで感情を失った眼で虚空を見ていた真尋の目が、初めて母の顔を真正面から捉えた。

「どうして、私を助けてくれなかったの?」

「え?」

「どうして、私を見殺しにしたの?」

真尋の両眼から、涙がぼろぼろとこぼれ落ちた。

父の“しつけ”が始まってから、真尋は初めて泣いていた。自分が何で泣いているのか分からなかった。だけど涙は次から次にその瞳からこぼれ落ちた。自分でも止めることができなかった。涙と同時に、真尋の中で強い感情が溢れてくる。

 

そうか・・・。

そうだったんだ・・・。

私は本当に、誰かに救って欲しかっただけだったんだ・・・。

 

真尋は、この世界を何とか生き抜こうとして自分の中に閉じ込めていたもう一人の自分を、ようやく見つけ出せた気がした。そのもう一人の自分は、いつも世界を恐れていて、そしていつも震えている弱い自分だった。

そんな真尋の様子を、母は、怒っているような、それでいて泣いているような、不思議な表情をして見ていた。

 

 

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