その日は16時までびっしりと講義が入っていました。
その間、真尋さんから返信が来ていないかと何度もスマホを確認していました。だけど、彼女からの返信は一通も来ていなかったし、そもそも私が朝に送ったメッセージには、「未読」の表示がそのまま変わらず付いていました。
彼女から返事が来ないことについて午前中は特に重くは考えていなかったのですが、その頃には
“さすがにこれはおかしい”
と思い始めました。
“もしかして、部屋で倒れているのではないのか”
そう考えると、もう居ても立っても居られないような気持ちに襲われました。
その日は夕方からバトミントンサークルの練習が入っていたのですが、サークル仲間に、
「今日は急用ができたので練習を休みます」
と連絡をして、16時に講義が終わるとすぐに大学を後にしました。
真尋さんの住むマンションには、以前に何度か行ったことがあったので場所は覚えていました。
サークルの練習がない日などは、二人で大学を出て、私の部屋や彼女の部屋に一緒に行ってしばらくおしゃべりをしたり、部屋で映画を見たりすることがありました。
「今日、真尋の家に行っていい?」
そう私が尋ねると、いつも、彼女は嬉しそうに笑顔を浮かべながら、
「うん、いいよ」
と私に言葉を返してくれました。
彼女の部屋も、一週間ほど前に行ったばかりでした。
彼女のマンションがある最寄駅を降り、小さな商店街を抜けるようにして歩いていくと、15分ほどで彼女が住むマンションが見えてきました。それは単身用のワンルームマンションで、12階建ての建物の11階に彼女は住んでいました。
マンションの入り口に設置されているインターフォンで彼女の部屋番号を入力して、呼び出しボタンを押しました。だけど、しばらく待っていてもそこから彼女の声が聞こえてくることはなかったし、オートロックの扉が開錠されることもありませんでした。
もう一度押してみました。
ですが、結果は同じでした。
実は、私が彼女と初めてこのマンションにやって来た時に、彼女はオートロックの暗証番号を私に教えてくれていました。
大学帰り、二人で彼女のマンションの前に立ち、
「誰にも言わないでね」
彼女はいたずらっぽく笑いながら、その番号を私に告げました。
「真由美だから教えるんだよ。私に何かあった時に、助けてもらうために」
「何かって?」
「わかんない」
そのときは、そんな他愛のない会話をしていたことを覚えています。
とりあえず、彼女の部屋の前まで行ってみよう。
私は彼女に教えてもらった番号を、目の前の機器に入力しました。ドアは何の抵抗もなく私の前で開かれました。
勝手にドアを開けることはいけないことなのだという思いは頭の片隅にはあったのですが、そのときの私は、彼女に対する心配の方が遥かに上回っていました。
あの日、彼女が言った「何か」が、今なのではないか。
そんな直感にも似た思いが、私の中にあったのです。