創作ノート

短編小説を書いています。

閉じ込められた部屋(9)

 

ある日、小学校の国語の授業で、自分の親をテーマに作文に書くという課題が課されたことがあった。

両親が揃っている生徒は、父親と母親、どちらかを選んで作文を書くのだが、真尋のようなシングルマザーの場合は自分の母親をテーマに選ぶしかなかった。

真尋はどのようなことを書けばいいのか困ってしまった。

色々な仕事を掛け持ちしている母はいつも家にはいなかったし、二人でどこかに出かけたという思い出もなかった。夕食は母が前もって買っておいた惣菜を電子レンジで温めて、いつも一人で食べた。母は夜の九時過ぎに家に帰ってきても、疲れた顔を隠そうともせず黙って家で家事をしていた。

特に真尋を構うということもなかった。

「学校でどんなことがあったの?」

と真尋に尋ねることもなかったし、

「実は仕事でこんなことがあったんだ」

と自分のことを真尋に話すこともなかった。

そのような母を見て、真尋も何も話しかけられなかった。

幼いながらもそれは仕方がないことだと思っていたし、自分を育てるために母は必死になって働いているんだということも感じていた。黙って食器を洗っている母の背中を見ながら、私はそのような母に感謝をしなければならないんだ、そう自分に言い聞かせていた。

 

母は自分や家族のことを誰かに話すことを極端に避けていた。

それは近所の人にだってそうだったし、真尋にだってそうだった。だから真尋は自分の母親の過去をあまり知らなかった。

そのような母娘関係だったから、小学生の真尋は作文にどのようなことを書けばいいのか分からなかったのだ。他の子供達が楽しそうに自分の親との思い出を作文に書いている中、真尋は目の前の白紙の原稿用紙をなかなか埋められなかった。

「あと15分しかないから、急いで書いて」

担任の若い女性教師が真尋の白紙原稿を見て、声をかけた。

真尋は鉛筆を手にして、次のような一文で作文を書き始めた。

「私のお母さんは、いつも私のために働いてくれています」

何とか15分で作文を書き上げ、先生に提出した。

数日後、担任の先生が赤字でコメントを書き込んで、その作文が子供たちに返された。真尋が自分の手元に戻ってきたその原稿用紙を見ると、次のようなコメントが書かれていた。

 

真尋さんのお母さんは、真尋さんのためを思って働いてくれているのですね。感謝の気持ちを持つことはいいことです。ぜひ、お母さんにその感謝の気持ちを伝えましょう。

 

その原稿用紙を真尋に渡す際に、担任の先生は、

「ぜひ、この作文をお母さんに見せてあげてください」

と真尋に話した。

 

 

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