創作ノート

短編小説を書いています。

閉じ込められた部屋(75)

 

二日ぶりに入った真尋の病室は、それまでと全く変わらない同じ時間が流れていた。

窓際のベッドに真尋は寝ており、他の三つのベッドは依然として誰もいない。窓は薄手のカーテンが引かれていたのだけど、その隙間から差し込む穏やかな春の午後の日差しが、部屋を照らし出していた。

変わったことと言えば、真尋の人工呼吸器が取り外されていたことだった。真尋の病室に入った美和は、その様子を見て驚いた。慌てて真尋のベッドの脇に歩み寄る。真尋は死人のように青白い顔をして目を閉じていた。

まさか、死んでしまったのではないのか。

だから人工呼吸器が取り外されたのではないのか。

美和は、真尋の口元に耳を近づけた。美和の耳に、真尋が呼吸をしている音が微かに聞こえ、ほっと胸を撫で下ろした。

人工呼吸器も必要とはしておらず、肉体的にはもう峠は超えているということだろうか。それでも相変わらず真尋は眠り続けているということだろうか。美和は右手でそっと、真尋の頬に触れた。ひどく冷たかった。

それから三日間は同じような毎日が流れていった。

午前中は家で掃除、洗濯などの家事をし、簡単な昼食を食べる。昼食を食べ終えると食器を洗い、外出の準備をして家を出る。そして病院に行く途中で、その最寄駅のすぐそばにあるデパートに必ず寄った。美和が、真尋の病室に飾るためにハーバリウムを買ったデパートだった。

そこで、それまで買ったものとは別の色のハーバリウムを一つ買った。

真尋が目覚めるために少しでも刺激になれば、という思いだった。それに、これまで白黒の世界を生きてきたであろう真尋の世界を、少しでも鮮やかな色のあるもので包みたいという思いもどこかにはあった。

ベッド横のサイドボードの上のハーバリウムは一日ごとに増えていき、今ではピンクのバラ、青いバラ、赤いバラ、オレンジのバラが並んでいた。

午後になると決まった時間に看護師が病室を訪れた。

真尋がこの病院に運び込まれて以来、真尋の世話をしてもらっている看護師で、その頃になると美和とも完全に顔見知りの関係になっていた。

「真尋さん、こんにちは」

看護師は病室の入り口で、必ずそのように言葉をかけてから中に入ってきた。そしてそのベッドの傍に座っている美和に視線を向け、

「佐藤さん、こんにちは」

と挨拶をした。それに美和も、「こんにちは」と言葉を返す。ただ、それ以上の会話を交わすことはなかった。看護師は真尋の様子を確認していく中で何度か美和とも視線を交差させたが、その視線の中で思いは伝え合っているかのように、看護師から美和に話しかけるということはなかった。もちろん、美和から看護師に言葉をかけるということもなかった。

最後に看護師は、

「失礼します」

と軽く頭を下げて病室を出ていった。

そのような日々がこの三日間続いていた。

真尋が病院に運ばれ、そして美和が会社を休んで真尋の面会に通うようになってからもう二週間近くが経っていた。その頃になると、美和は、

“そろそろ仕事に復帰するべきだろうか”

ということを考え始めていた。

自分の娘が病院に運び込まれて、いまだに目覚めていないことは会社の上司には伝えている。上司には、

「娘さんが目覚めるまで休んでもらってもいい」

と言ってもらっているのだが、このまま休み続けるというわけにもいかなかった。

これからは母親である自分が、真尋をしっかりと支えていかなければならないのだ。心理的にも、そしてもちろん金銭的にも。いつ真尋が目覚めるのかも分からない。元の真尋に戻るまで、どれだけのお金がかかるのかも分からない。だから、まだ真尋は目覚めてはいないのだけど、仕事に復帰して、その中で間に休みを取らせてもらって真尋の元に通おう。

真尋の青白い寝顔を見つめながら、美和はそのようなことを考え始めていた。

 

 

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