創作ノート

短編小説を書いています。

閉じ込められた部屋(74)

 

佐藤健太郎が映っている写真は、あの夜のあとに全部捨てた。

佐藤健太郎に関わるものを、自分と真尋の周りから全て消し去りたかった。

美和と真尋が映ったこの一枚の写真も、他の写真と一緒に捨てようかと思った。だけど、どうしても捨てることができなかった。

真尋があの夜のことを忘れて生きようとしていたとしても、そして美和もそんな真尋が作り出した世界の中で生きようとしていたとしても、心のどこかでは、

”私は、あの夜のことを絶対に忘れてはならない”

という思いがあったからだった。

この写真は、あの日、美和が真尋のことを見捨ててしまったことを忘れないための十字架だった。それは、美和がこの十四年間背負い続けた十字架でもあった。

美和はその写真を手に取り、じっと見つめていた。

あの夜の、ちょうど一ヶ月前に撮られた写真。

写真の中の真尋は儚げな笑顔をカメラに向けている。

だけど、その時の真尋はどんな思いで、父親の持つカメラに視線を送っていたのだろうか。その時の真尋の心の中を想像すると、美和は心臓が押しつぶされそうな重苦しさを感じた。

その微かな笑顔の裏側に、

“どうして、私を助けてくれなかったの?”

“どうして、私を見殺しにしたの?”

そのように泣き叫んでいるもう一人の真尋の顔が重なって見えた。

 

そうだ・・・。

そうなんだよ・・・。

 

美和は自分自身に言い聞かせるように、心の中で呟く。

自分は何てことをしてしまっていたのだろう。

十四年前の自分は、真尋を見捨てた。

時間を巻き戻すことができないように、その事実はもう変えることはできない。

だからこそもう真尋を見捨てないと誓った。

誓ったはずなのに、今の美和はまた真尋を見捨てようとしてしまっていた。そのようなことは、美和の中で絶対に許されないことのはずだった。

美和は宝物をしまうかのように、その写真をまた引き出しの奥に戻した。

 

目を覚ました真尋の口から、どんな絶望がこぼれ落ちたとしても、私がその絶望を受け止めてあげよう。

そしてもし、真尋の中の絶望があまりにも大きくて、あまりにも深くて、私自身にも抱えきれないのだとしたら、真尋と一緒に私もその絶望の中に沈んでいってあげよう。

もう真尋を一人にはしない。

 

美和は、明日は何があっても絶対に病院に行こうと、自分に固く誓った。

 

 

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