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しとしとと、まるで死者の涙のような雨が降り続いていた。
山下有希は、夜がもうすぐ訪れようとしている街を一人傘をさしながら歩いていた。
その道は駅前からそのまま続く幹線道路となっていて、駅に向かう学校帰りの学生と時々すれ違う。近くの高校から家に帰る途中なのかもしれない。夕食を買って家に帰る途中なのか、スーパーの袋を手にぶら下げた主婦の姿も時々見える。仕事帰りの会社員の姿は見えなかった。仕事終わりとするにはまだ少し早い時間だった。
有希はその道路を行った先にある、ある建物を目指していた。
ここら辺のはずだけど。
有希は立ち止まり、歩道の脇に寄る。そして肩に下げたバッグからスマホを取り出した。
地図アプリを表示させ、自分の今いる場所を確認する。そしてその場所から200メートルほどそのまま直進した場所に“R斎場”と記載されている建物の表記があるのを見つける。有希はそのR斎場を目指していた。
大学時代の友人である佐藤美咲の電話番号で、有希のスマホに一本の電話がかかってきたのは昨日の夜20時過ぎだった。
在宅で行っている仕事も終わり、ちょうど夕食の準備をしているところだった。
机の上でブルブルと震え出したスマホを手に取り、表示を確認すると“佐藤美咲”の名前が表示されている。何だろうと思い、スマホの通話ボタンを押す。
「もしもし、美咲? どうしたの?」
「・・・夜分にすみません」
美咲の声とは全く違う少し低い声が、その通話口から流れてきた。
「私、佐藤美咲の母親の、佐藤明子です。突然の電話、申し訳ありません」
美咲の母親である佐藤明子からの電話だった。
美咲との会話の中で時々明子の話も出てきたことがあって、美咲はシングルマザーである明子と二人で暮らしていることや、「母親は高校で国語の教師をしている」と美咲自身の口から聞いたこともあった。
それに、美咲と二人で遊んだ後の帰りに、よく、
「これからお母さんと待ち合わせをしているんだ」
と美咲は有希に言った。二人でお出かけをするような仲のいい母娘だった。駅前で待ち合わせをしていた明子にも、有希は何度か簡単な挨拶をしたことがある。その時に見せた明子の少し陰のある笑顔を思い出していた。
美咲の母親である明子が、美咲のスマホを使って電話をかけてきた。なぜだろう、という思いと同時に、何か不吉なものを感じながら、
「あ、いえ」
と答えた。
少しの間、沈黙が挟まる。
そしてその重苦しい沈黙を切り裂くように、明子はしゃべりだした。
「本日、6月1日の朝、美咲は亡くなりました」
「え?」
有希は絶句する。
美咲とは大学を卒業して五年が経った今でも親しい付き合いを続けていて、一週間前に会ったばかりだった。
「亡くなった・・・?」
「はい。交通事故でした」
「交通事故・・・」
「昨日の夜、美咲が歩道を歩いていたところに、車がその歩道に飛び込んできたようです。美咲は、近くの人が呼んだ救急車で直ぐに病院に運ばれたのですが、もう手の施しようがなかったそうです。私が病院に駆けつけた時には、ベッドの上で動くことも無く、目を閉じたまま横になっていました。そしてそのまま、今朝、眠るように亡くなりました」
明子は落ち着いた口調で淡々と説明する。
感情を失ってしまったかのようなその平坦な声が、逆に痛々しかった。
「山下有希さんと岡田奈緒さんの名前は、美咲からよく聞いていました。生前、美咲ととても仲良くしてもらって、本当にありがとうございます」
岡田奈緒も有希の大学時代の友人だった。大学時代は有希と美咲と奈緒、いつも三人でいた。そしてその関係は大学を卒業した今でも続いていた。
「いえ、そんなことは・・・」
「通夜はR斎場で、明日、6月2日の18時から行います。告別式は6月3日の10時から、同じくR斎場で行う予定です。美咲のスマホは携帯しておく予定なので、何かあればこの美咲の電話番号までご連絡ください」
「・・・わかりました。伺います」
「それでは失礼致します」
突然かかってきた電話は、有希を置き去りにして同じように突然切れた。