創作ノート

短編小説を書いています。

2024-06-01から1ヶ月間の記事一覧

エクリプスリアルム(24)

どうしたら、未来の自分を救えるのか……。 駄目だ。何も思い浮かばない。 一睡もしていない有希の頭は、動きを停止してしまったようだった。このまま何もせずに、何も考えられずにベッドの上でぐずぐずしていても仕方がない。自分に残された時間は限られてい…

エクリプスリアルム(23)

有希は、昨夜は結局一睡もすることができなかった。 ベッドの上で膝を抱えるようにして座り、肩から毛布を被りながら一晩中ガタガタと震え続けていた。その目は、ベッドの前の、仕事用デスクの上に置かれたディスプレイに注がれている。パソコンはとっくにス…

エクリプスリアルム(22)

「あ!」 有希は思わず、動画表示の左下に設けられている“▶︎”ボタンをクリックしていた。再生は停止され、動画の中の時間は完全に静止する。 時間が止まった世界の中では、ナイフを右手に握った男は有希のすぐそばまで迫っていた。そしてその男に相対するよ…

エクリプスリアルム(21)

その映像は、どこかの街角から始まっていた。 画面右側に車道が、そして左側に歩道が映っている。 画面の右下には、以前見た動画と同じように、その映像が撮影されたと思われる時刻が“6/21/24 5:13:13 PM“と表示されていて、流れる時間をカウントしている。…

エクリプスリアルム(20)

4 有希の視線は、“Date: June 21, 2024”の文字に釘付けになっていた。 今日は、6月18日だ。 つまり、この動画には、今日から三日後の映像が映っているということになる。 以前の有希だったら、「何かのフェイク動画か何かだろう」と片付けていた。だけど…

エクリプスリアルム(19)

有希は藤田のメールを閉じると、メールソフトに表示されている受信メール一覧を下にスクロールしていく。 美咲からのメールは、“5月31日”の日付で依然としてその受信フォルダに残っていた。 メールを消していないので残っていて当たり前だったのだけど、…

エクリプスリアルム(18)

その出来事の後、有希は仕事に集中することが全くできなくなっていた。 緑翠の間の撮影の後も旅館の中の撮影をいくつか予定していたのだけど、その途中で段取りを間違えたり、佐々木への指示を間違えたりしてしまう。その度に佐々木や鈴木からは、この人は大…

エクリプスリアルム(17)

藤田が機材の入ったバッグを部屋の隅に置き、撮影の準備を始める。 有希は、撮影の段取りを決めるため佐々木と鈴木に歩み寄った。 「佐々木社長。緑翠の間はもともと予定していた撮影場所ではないので、セリフとなる原稿も事前に準備されていないかと思いま…

エクリプスリアルム(16)

有希たちが始めに案内されたのは、藤乃屋自慢の露天風呂だった。 その露天風呂は、露天風呂付き客室として客室に付属したものとなっている。藤乃屋ではそのような客室が10室あるということは鈴木から事前に聞いていた。 ある一室の前に着くと、鈴木はもっ…

エクリプスリアルム(15)

6月17日の朝、出張の準備を終えて家を出ようとしていた有希のもとに、鈴木から突然電話がかかってきた。 それまではメールやweb会議でやり取りをしていて、電話がかかってきたことは一度もない。藤乃屋に出張するということで、何かあった時の緊急連絡用…

エクリプスリアルム(14)

翌朝9時前に、無事にマルシェ・アンジュに動画を納品し終えると、有希は一度大きく息を吐いた。 納期直前になって新しいシーンを撮影して動画に追加するということもあったけれど、納期前日の夜遅くまで動画の最終仕上げを行なって、今回も何とか納期通りに…

エクリプスリアルム(13)

3 「昨日、マルシェ・アンジュに行って、指示通りに素材動画を撮影してきました」 画面の向こう側で、藤田がいつものように落ち着いた口調で話す。 有希は、毎朝10時から定例として行なっているチームの打ち合わせに参加していた。参加者は有希と、そして…

エクリプスリアルム(12)

2週間も先の日付がタイトルになっている。 未来の光景を映しているという設定の、創作動画だろうか。 有希は“▶︎”ボタンの上にカーソルを合わせて、クリックする。 サイト中央の四角く切り取られた枠の中に、突然、ある場所が映し出される。枠の右下には、動…

エクリプスリアルム(11)

カーソルをそのリンクの上に移動させる。 あとは、人差し指を下に下ろすだけだった。 そうすれば、死の前日に美咲が“見てほしい”と書いて送ってきた、そのリンク先を開くことができる。 だけど有希の人差し指は、マウスの上で固まったまま動かなかった。 や…

エクリプスリアルム(10)

ディスプレイに表示される「佐藤美咲」の文字。 その四文字を、有希は黙って見つめていた。 事故の当日に、つまり美咲の死の前日に送られたメール。有希にはそれが、あの世から送られてきた死者からのメッセージであるかのように感じられた。 メールを開くこ…

エクリプスリアルム(9)

有希はフーと息をつく。 机の上の時計を見ると、22時を回っていた。 いけない。作業に没頭していたら、こんな時間になっている。 修正作業をしていた動画ファイルを保存し直し、パソコンをシャットダウンさせる。 「今日もよく頑張った、私。えらい、えら…

エクリプスリアルム(8)

2 時計を見ると、10時を回っていた。 いけない、打ち合わせに遅れてしまう。 有希はコーヒーを淹れたカップを手に持って、部屋の片隅に置いている机に向かう。 部屋は1Kでそれほど広いわけではない。それでも在宅で働くためにと、部屋の一角に仕事用スペ…

エクリプスリアルム(7)

通夜式は滞りなく終わり、弔問客は明子にお悔やみの言葉をそれぞれ伝えてから帰っていく。 有希も明子と何か言葉を交わしたかった。一言、お礼を言いたかった。だけど、誰かに急かされるように話しをするのは嫌だったので、弔問客が消えていくのを、式場の片…

エクリプスリアルム(6)

第一式場に消えていく会葬者の列に引きづられるようにして、有希は式場の中に入った。 第一式場は12畳くらいの部屋となっていて、扉から入って右側に祭壇が設けられている。その祭壇に向かって、中央を開けて左右に椅子が二列ずつ並んでいた。 有希はその…

エクリプスリアルム(5)

通夜式は予定通り18時から開始された。 15分前の17時45分にR斎場の職員が会葬者控室に訪れ、弔問客をその控室から、通夜式が執り行われる第一式場に誘導する。有希は第一式場に向かう人たちの一番後ろに付いて、その控室を後にした。 通夜式が始まる…

エクリプスリアルム(4)

こだわりが強くて単独行動を好む有希と、明るく、社交的な美咲。 性格が正反対の二人だったのだけど、なぜかうまが合った。 始めは二人が出会ったバトミントンサークルの活動の中で、たくさんいる新入生の中の二人という形で会話をしたり、一緒にサークル活…

エクリプスリアルム(3)

美咲と初めて会った日のことを、有希は今でもよく覚えている。 有希が大学に入学した、2015年の4月のことだった。 大学の構内はどこか浮ついた空気が溢れていて、新入生を自分たちの部活やサークルに入れようと様々な部活やサークルの学生たちが新入生…

エクリプスリアルム(2)

明子からの突然の電話のあと、有希は部屋の中に立ち尽くしたまま、しばらく呆然としていた。 その電話がかかってきたことが現実世界のことではないような気がした。どこか全く別の世界の出来事のようにも感じた。 美咲が、交通事故で亡くなった・・・。 有希…

エクリプスリアルム(1)

1 しとしとと、まるで死者の涙のような雨が降り続いていた。 山下有希は、夜がもうすぐ訪れようとしている街を一人傘をさしながら歩いていた。 その道は駅前からそのまま続く幹線道路となっていて、駅に向かう学校帰りの学生と時々すれ違う。近くの高校から…