創作ノート

短編小説を書いています。

エクリプスリアルム(5)

 

通夜式は予定通り18時から開始された。

15分前の17時45分にR斎場の職員が会葬者控室に訪れ、弔問客をその控室から、通夜式が執り行われる第一式場に誘導する。有希は第一式場に向かう人たちの一番後ろに付いて、その控室を後にした。

通夜式が始まる時間が近づいてきても、奈緒は顔を見せなかった。

まさか、ここに来る途中に奈緒も交通事故に遭ってしまったのだろうか。

心配になった有希は、会葬者控室で待っている時に、

「まだ美咲の通夜に来ていないみたいだけど、何かあった? 大丈夫?」

というメッセージをメッセージアプリで奈緒に送った。

メッセージにはすぐに“既読”の表記が付いた。

それを見て、とりあえず奈緒の無事を確認できた気がしてほっとする。だけど、奈緒からの返信はなかなか返ってこなかった。

10分ほどして、スマホがブルブルと震えて、返信が来たことを有希に知らせた。バッグからスマホを取り出してすぐにそのメッセージを開く。

スマホの画面には次のような文字が表示されていた。

「ごめん、有希。どうしても体調が悪くて、今日はいけない。本当にごめん」

有希は奈緒からの返信を黙って見つめる。

奈緒は、大丈夫だろうか・・・・。

心配だった。

有希はスマホの画面を黙って見つめながら、昨夜のことを思い出していた。

 

 

昨夜、美咲の母親である明子から突然、美咲の事故死を知らせる電話がかかってきた後、有希はスマホを右手に握ったまましばらく呆然と立ち尽くしていた。だけど、なぜか奈緒に連絡を取らなければいけない気がして、震える指で、スマホの電話帳から奈緒の電話番号をタップした。

奈緒はなかなか電話に出なかった。

諦めて発信を切ろうとした時、その発信は突然通話に切り替わった。

有希はスマホの受話器に耳を澄ます。

啜り泣くような声が、小さく聞こえた。

「・・・奈緒?」

有希の言葉に、電話口の向こう側で奈緒が小さな声で「うん」と答える。

「美咲のこと・・・、聞いた?」

「・・・うん」

奈緒は掠れた空気のような声で答える。

その奈緒の言葉の後、有希は何を言えばいいのか分からなかった。必死に言葉を探したのだけど、頭の中は真っ白に塗りつぶされていて、今のこの感情をどのような言葉で表現すればいいのか言葉が見つからなかった。自然とその電話は、有希の沈黙と、そして奈緒の小さく啜り泣く声に支配されるしかなかった。

「なんで・・・」

奈緒の声が聞こえた。

「なんで・・・、美咲なの? なんで・・・、美咲でなければいけなかったの?」

「・・・」

有希は言葉を返せない。

その問いかけに何も答えられない。有希の方がその答えを知りたいくらいだったのだから。

「なんで・・・、なんで・・・」

小さな嗚咽の隙間で、奈緒は何度も何度も呟き続けた。しばらくするとその呟きも聞こえなくなり、再び電話は沈黙に覆い尽くされる。

それからどれくらいの時間が流れたのだろうか。

有希は、その空気に耐えきれなくて、

「明日・・・、奈緒も通夜に行くよね」

と電話口の向こう側で泣き続ける奈緒に、静かな声で尋ねた。

奈緒は消え入りそうな声で「うん」と答えた。

 

 

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