創作ノート

短編小説を書いています。

エクリプスリアルム(3)

 

美咲と初めて会った日のことを、有希は今でもよく覚えている。

有希が大学に入学した、2015年の4月のことだった。

大学の構内はどこか浮ついた空気が溢れていて、新入生を自分たちの部活やサークルに入れようと様々な部活やサークルの学生たちが新入生を勧誘していた。あるサークルの学生は、構内を歩くまだ初々しい新入生に、

「Aサークルです。別に入らなくてもいいので、一度見学に来てみてください」

とチラシを手渡している。また別のサークルでは野球のユニホームを着た学生が、

「君も野球やりたいよね」

と新入生の男子生徒に声をかけていて、声をかけられた学生は、

「あ、いえ」

と戸惑った返事を返している。

有希は、どこのサークルに入るかをまだ決めていなかった。ただ、せっかく大学に入ったのだからサークル活動をやってみたい。そのような漠然とした希望だけを抱いていた。

構内を歩いていると、目の前に、新入生の学生たちにチラシを配っている一人の女子学生が目に入った。

「あ、あなた。バドミントンやってみない?」

彼女はその言葉と共に、一枚のチラシを有希に差し出した。

その勢いに押されるようにして有希はそのチラシを受け取る。彼女はすぐに別の新入生に声をかけていた。

有希がそのチラシに目を落とすと、

“バドミントンサークル 新入生歓迎会 4月28日 18時から”

と書かれているのが目に入った。

別にバドミントンに興味があったわけではなかったし、他にもいくつかのサークルのチラシをもらっていたので、その歓迎会に出ることも考えていなかった。ただそのチラシを受け取ってしまった以上、彼女の前で捨てるわけにもいかない。有希はそのチラシをそのままカバンの中に入れた。

それは本当に偶然だった。

4月28日の大学の授業の後、あるサークルの歓迎会に出る予定だったのだけど、急遽その歓迎会が中止になるという連絡が回ってきた。その日の夜の予定が突然ぽっかりと空いてしまったのだ。仕方がない、と何もせずにそのまま家に帰ろうとした時に、ふと、数日前にもらった一枚のチラシのことを思い出した。

カバンを開け、そのチラシを探す。カバンの隅にくしゃくしゃになってそのチラシは入っていた。

 

 

新入生歓迎会では、有希はテーブルの隅に座っていた。

先輩たちは新入生に色々と話しかけていて、場を盛り上げようとしている。だけど先輩の人数よりも新入生の人数の方が多く、その輪に加われない新入生も何人かいた。有希は生来が人見知りということもあって、そのテーブルの隅から、黙って自分の前で繰り広げられる会話をただ眺めていた。

「私、佐藤美咲。あなたは?」

突然自分の隣から聞こえた声に驚いて有希は横を向く。

一人の新入生が有希の方を見ていた。

それが、佐藤美咲だった。

綺麗な人だな、というのが美咲に対する第一印象だった。

「え・・・、山下有希です」

「ユキね。どんな漢字を書くの?」

「希望が有る、で“有希”」

「そうなんだ。素敵な名前ね」

美咲は手に持ったソフトドリンクのコップをテーブルの上に置く。そして、有希に向かって、

「今日から、私たち、友達だよ」

と言った。

「え?」

有希は半ば唖然としながら美咲を見る。初対面の人にそのようなことを言う人は、今まで有希の周りには一人もいなかった。

「でも、私たち、今日初めて会ったばかりだし・・・」

「友達になるのに、時間なんて関係ないよ。その人の持つ空気を見て、自分がその人と友達になりたいと思うかどうか。私にとってはそれが重要だから」

「でも、会話だって、今初めてしたのに・・・」

「言葉を交わさなくても、その人のことは伝わるんだよ。これも私のポリシーの一つね。そして、私はあなたの空気を感じて、友達になりたいと思った。理由はそれだけで十分」

美咲は、有希と友達になることがまるで決められたことであるかのように、言い切る。

美咲は有希のどのような“空気”を感じて、有希と友達になりたいと思ったのか、有希には分からなかった。一見すると美咲の強引なペースに引きずられるようにして、有希はその日、美咲と友達になった。だけど、その強引なペースが、有希には不快ではなかった。有希にそのように感じさせる何かを、美咲は持っていた。

 

 

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