どうしたら、未来の自分を救えるのか……。
駄目だ。何も思い浮かばない。
一睡もしていない有希の頭は、動きを停止してしまったようだった。このまま何もせずに、何も考えられずにベッドの上でぐずぐずしていても仕方がない。自分に残された時間は限られているのだ。
とりあえず朝食を食べよう。
そう思った有希は肩に被せた毛布から抜け出し、ベッドから這い出る。そのまま洗面所に向かった。
鏡に映った自分の顔はひどいものだった。
目は力を失って虚ろで、目の下には青黒いくまがうっすらと浮かび上がっている。こんなことでは駄目だ。有希は思い切り蛇口から水を出し、その水を両手で掬って勢いよく自分の顔に浴びせかけた。水のひんやりとした感覚の中で、少しだけ目が覚めたように感じる。
そのままキッチンに向かい、朝食の準備を始める。
買い置きしていた食パンを一枚抜き取り、トースターに入れた。パンが焼けるまでの時間を利用して、薬缶で湯を沸かしてコーヒーを入れる準備をする。数分してトースターがチンと鳴り、パンが焼けたことを有希に教えてくれた。有希はトースターにバターと蜂蜜をつけて、コーヒーと一緒に居間のテーブルの上に置いた。
いつもは朝のニュースを見ながら朝食を食べるのだけど、今日はとてもそんな気分にはなれない。静寂に包まれた一人だけの部屋で、その朝食を黙々と食べ始めた。
体を動かしていると、それに呼応するかのように頭が徐々に働き始めていた。
「そうだ……」
ちょうどパンを齧ったところで、有希は仕事のことに思い至る。
今日は6月19日。そして自分の死が予言された動画の日付は6月21日。その21日まではどう考えても仕事ができそうにもない。フリーとして働く有希は常時いくつかの案件を抱えていたし、またチームメンバーの優奈、藤田とも協調して仕事を進めなければならない立場に立っていた。何も言わずに仕事を止めてしまうと、多くの人に迷惑がかかってしまう。
有希は朝食を食べ終えると食器を流しに持って行き、そのまま仕事用デスクに向かう。マウスを握って机の上で動かすと、スリープ状態に落ちていたディスプレイに色が戻った。
「あ……」
有希の目に黒い不気味な画面が飛び込んでくる。
昨夜見たエクリプスリアルムの画面がそのまま残っていた。ブラウザを消さずにそのまま放置していたのだから、残っていて当たり前だった。
だけど、その“Eclips Realm”の白文字を見た途端、有希は昨夜の記憶に引き戻される。どんどん引き摺り込まれていく。
有希は急いで、ブラウザの左上の“×”ボタンをクリックした。そのまま見ていると、昨夜有希が沈み込んでいた闇の中に引き摺り込まれていき、今度はその闇の中から帰って来られないような気がした。
気を取り直してスケジュールアプリを開いて、今日から21日までの自分のスケジュールや、優奈や藤田のスケジュールを確認した。20日にクライアントとの打ち合わせが一件入っているが、それ以外は何とかなりそうだった。
メールソフトを立ち上げ、メール作成ボタンを押す。
優奈と藤田宛に、体調が悪いので二、三日仕事を休むこと、そして今抱えている仕事についての簡単な指示を書いて送信ボタンを押す。20日に打ち合わせ予定のクライアントに向けても、打ち合わせを22日以降に変更できないかという旨を書いて別途メールを送信した。
とりあえずしなければならないことをし終え、立ち上げたままのメールソフトの受信メール一覧をぼんやりと見つめる。
これからどうしよう……。
有希は心の中で呟く。
しばらく、目の前のディスプレイを見るともなく見ていた。
自然と、画面右上の日付と時刻の表示に目が止まる。6月19日、午前7時32分。その分表示が“32分”から“33分”に切り替わる。それを見て、自分に残された時間が刻一刻と減っていくのを一つの実感として感じた。それと同時に、有希の心を強い焦燥感が襲った。
そのとき何の前触れもなく、頭の中で一つの記憶が浮かび上がってきた。
「待って……」
口から無意識のうちに言葉が零れる。
有希はマウスを握り直し、急いでその受信メール一覧を下にスクロールする。5月31日に美咲から送られてきたメールにたどり着く。
確か、美咲のメールの中に……。
“佐藤美咲”の行をクリックしてメールを開くと、昨日見たばかりの美咲からのメールが画面に表示された。
やっぱり……。
有希は、美咲からのメールの文面を強い視線で見つめる。その目は、その美咲からのメールの中にある、ある一節に注がれていた。
美咲のメールには次のように書かれていた。
“それでも、この三日間、その運命を変える方法をずっと探していた。なかなか見つけることはできなかったけど、さっきようやく見つけることができた。もう大丈夫だと思う。”