創作ノート

短編小説を書いています。

エクリプスリアルム(27)

 

「通夜式の後に私がお母様に挨拶させていただいた時に、確かお母様は私に次のようにおっしゃったかと思います。美咲さんが事故に遭うまでの三日間、美咲さんは会社を休んで自分の部屋に籠もっていたと……。これは間違いないでしょうか」

有希の質問に、明子は遠い視線を有希の後ろに送る。

三週間前のことを思い出しているのかもしれない。

有希の後ろの何かを見つめながら、明子は言葉を口にした。

「はい。間違いありません」

「……美咲さんが事故にあったのが5月31日なので、三日間ということは5月29日から会社を休んで自分の部屋で何かをしていた、ということでしょうか」

「そうなります」

有希の質問は、自分の娘を事故で亡くした明子の傷口をえぐるようなものだったのかもしれない。それでも有希は、美咲の最後の日々についての質問を止める訳にはいかなかった。この会話のどこかに自分の未来を変えるための手がかりを見つけるため、その質問を続けるしかなかった。膝の上で両手を強く握る。そして明子に対して質問を重ねる。

「その前日、5月28日は美咲さんは会社に出勤したかと思いますが、そのときの美咲さんに何か変わった点はありましたでしょうか」

明子は考えるような隙間を、その間に空けた。三週間も前の出来事なのだ、憶えていないということも十分にありえる。明子は頭の中で自分の考えを整理できたのか、視線を有希の顔に戻した。

「私は高校で教師をしていたので、朝は朝食を美咲と一緒に食べて、会社に出勤する美咲と一緒に家を出ていました。……仕事が忙しいのか、美咲は残業をすることも多くて、家に帰るのはたいていは私のほうが早いんです。そこで私は夕食の準備をして、そして美咲が帰ってから二人でその日の出来事を話したりしながら、一緒に夕食を食べる。私と美咲、二人だけの家族だったから、このような二人で会話をする時間はできるだけとるようにしていました。……5月28日の夜、美咲とどのような会話をしたのか、正直憶えていません。だけど、何も思い当たることがないということは、おそらくいつも通りの普段の会話だったのだと思います」

明子は教師らしく、自分の考えを分かりやすく説明する。

やはり、5月28日の夜より前に美咲に変わったことは無かったようだ。おそらく明子と二人で夕食を食べ、自室に戻ったときに美咲の身に何かが起きたのだろう。何かを見てしまったのだろう。

ここからが重要な点だった。

有希は慎重に言葉を選びながら質問を続ける。

「その夕食のときの会話で、美咲さんが、最近何か気になるものを見た、ということを言ったりはしていなかったでしょうか」

「気になるもの……ですか……。例えば、どのようなものを指していますか?」

有希の質問が漠然としすぎていたようだ。明子が首を少し傾げながら有希に訊き返す。

「例えば、気になるインターネットのサイトを見た、とか……。そのようなお話を美咲さんの口から聞いたことはありますでしょうか」

「インターネットのサイト……。正直、私自身がそのような関連の話に疎かったので、二人の会話の中で、インターネットのサイトの話が出たことは無かったと思います」

「そうですか……」

美咲は周りを唖然とさせる大胆さも持っていたが、普段は周りに気を使える繊細な女性でもあった。自分の母親を心配させまいと敢えて言わなかったことも考えられる。

「美咲さんが自分の部屋に籠もっていた三日間についてもお聞きしたいのですが、その最初の日、5月29日の朝、美咲さんはどのようなご様子でしたか?」

「……朝、私が起きて朝食の準備をしていると、いつもなら美咲も起きてきて一緒に朝食を食べるのですが、5月29日の朝は、美咲は出勤のために家を出なければならない時間が近づいてきても、起きてきませんでした。……心配になったので、美咲の部屋のドアを開けて中を覗くと、カーテンが締め切られた薄暗い部屋で、美咲はベッドの上で毛布を被って丸くなっていました。……私は美咲が体調でも悪いのかと思い、『体調でも悪いの? 大丈夫?』と声をかけました。少ししてその毛布の中から『うん』とくぐもった声が聞こえました。……私自身も出勤しなければならない時間が迫っていたので、『会社を休むのなら、会社に連絡しないと駄目よ』と美咲に言葉をかけて、家を出ました」

「……その日、お母様が家に戻られたとき、美咲さんはやはり自分の部屋に籠もっていたのでしょうか」

そこで明子は初めて、言いにくそうに言葉を詰まらせた。

5月29日に明子が家に帰ったときに、美咲に何かがあったのだろうか。

有希は辛抱強く明子の次の言葉を待った。

 

 

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