創作ノート

短編小説を書いています。

エクリプスリアルム(6)

 

第一式場に消えていく会葬者の列に引きづられるようにして、有希は式場の中に入った。

第一式場は12畳くらいの部屋となっていて、扉から入って右側に祭壇が設けられている。その祭壇に向かって、中央を開けて左右に椅子が二列ずつ並んでいた。

有希はその式場の中に視線を彷徨わせる中で、祭壇に目を奪われる。

棺の周りを色彩の鮮やかな花で包んでいる、シンプルでいて心がこもった祭壇だった。そしてその祭壇の花に囲まれるようにして、美咲が微笑んでいた。いつも皆に見せていた美咲の笑顔が目の前にあった。小さく切り取られ、遺影という枠の中から会葬者に優しく微笑みかけていた。

有希の前にすでに式場に入っていた会葬者は前から詰めるように椅子に座っていく。式場に一番最後に入った有希は、中央の通路を通って、一番後ろの席に腰掛けた。

持っていたバッグを椅子の横に起き、背筋を伸ばすようにして前を見る。

祭壇のすぐ前の遺族席に、明子の小さな背中が見えた。

黒い喪服の着物を着て、心持ち俯いている。

その隣の席は空いている。

美咲の父親らしい人物は見当たらなかった。

美咲の母親である明子がシングルマザーとは言え、血のつながった父親がいるのなら実の娘の通夜式に出ているはずだった。

それなのにその姿が見えないということは・・・。

有希は美咲自身の口から、自分の母親はシングルマザーであるということを聞いていた。美咲はそのことをまったく卑下する様子はなくて、むしろ誇るようにして有希に話した。

「私のお母さんは、一人で私を育ててくれたんだよ。そんなすごい人なんだよ」

そのような言葉を何度聞いただろうか。

だけど、美咲自身の口から、自分の父親についての話を聞いたことは一度だってなかった。なぜ自分には父親がいないのか。それを美咲は絶対に誰にも言わなかった。母親のことはよく話す美咲が、父親のことだけは一言も口にしなかった。

こんな美咲にも、誰にも触れられたくない場所というものがあるのだろうか・・・。

美咲と話していてそのように感じることはあったのだけど、誰にだってそのような場所を持っている。もちろん自分にも。

だから、有希の方から美咲に父親のことを尋ねたことは一度もなかった。

式場に最後に入った有希が座席に座り、会葬者が全て着席し終えると、しばらくして僧侶が入ってきて美咲の通夜式が始まった。

読経の後、焼香の時間となる。

前の席から順に祭壇に向かい、抹香をつまむ。先ほど控え室で泣き続けていた若い女性は、相変わらずハンカチで顔を押さえていた。

自分の番が来ると、有希は静かに立ち上がった。通路をゆっくりと前に歩いていく。そして、祭壇のすぐ前に座る明子に向かって、一度頭を下げた。明子はどこか虚な目で有希を見つめ、同じように頭を下げた。

有希は祭壇に向かって立つ。

目の前に、美咲の笑顔があった。

有希がいつも見ていた笑顔だった。そして、有希が本当に大好きな笑顔だった。

一度頭を深く下げ、目の前の抹香を摘む。一度額に押しいただいたあと、抹香を静かに香炉の炭の上にくべる。そしてまた頭を深く下げた。心の中では、

「美咲、あの日、私と友達になってくれて、本当にありがとう」

目の前にいる美咲に向かって、そのように呟いていた。

 

 

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