創作ノート

短編小説を書いています。

エクリプスリアルム(10)

 

ディスプレイに表示される「佐藤美咲」の文字。

その四文字を、有希は黙って見つめていた。

事故の当日に、つまり美咲の死の前日に送られたメール。有希にはそれが、あの世から送られてきた死者からのメッセージであるかのように感じられた。

メールを開くことに逡巡する。

開いていいのだろうか。もし開いてしまったら何か取り返しのつかないことになってしまうのではないか。そんな気がしてならなかった。

だけど、美咲は有希に何かを伝えたくて、事故の当日にこのメールを有希に送ってきたのだ。開かないわけにはいかない。そのことも、痛いくらいはっきりと有希には分かっていた。

意を決して、開封ボタンを押す。

美咲からのメールには次のように書かれていた。

 

 

送信者 佐藤美咲

件名 無題

 

ごめんね。

有希、本当にごめんね。

突然こんなメールを送ってしまって驚いているよね。

だけど、このメールを送った理由は、事情があって言えない。

 

私は今日、5月31日の深夜に、T市で事故に遭って死ぬことになっている。

この運命には誰も逆らえない。

この運命は誰にも変えられない。

 

それでも、この三日間、その運命を変える方法をずっと探していた。なかなか見つけることはできなかったけど、さっきようやく見つけることができた。もう大丈夫だと思う。

だけど、それには有希の助けが必要なの。

 

ごめん、有希。

もし、有希が私のことを信じてくれるなら、このメールの下に添付したリンク先の動画を見てほしい。本当に、見るだけでいいから。

このことは誰にも言わないでほしい。

 

本当に、ごめん。

 

送信日 2024年5月31日 16時13分

 

 

有希は何度も何度もその文面を読み返した。

何度読んでも、その内容をうまく理解することができなかった。

「私は今日、5月31日の深夜に、T市で事故に遭って死ぬことになっている……」

無意識のうちに、メールの文面を口に出して読んでいた。

これはどういうことなのだろうか。

美咲がメールに書いていることが、にわかには信じられなかった。

もし美咲の事故死という事実がなければ、タチの悪い悪戯だと思っていたと思う。だけど、現実に美咲はT市で事故に遭い、その翌日の朝に亡くなったのだ。

もしかして、誰かに命を狙われていたのだろうか。

例えばストーカーに付き纏われていて、そのストーカーに命を狙われていた。それを有希に伝えたくて、このようなメールを送ってきたのだろうか。だけど、もしそうだとしたら、美咲のメールに書かれている、“この運命には誰も逆らえない”の一文が持つ意味とつながらないような気がした。

そもそもとして、美咲はなぜこのようなメールを有希に送ってきたのか。“有希の助けが必要”とは、どういう意味なのか。

有希は、美咲のメールの末尾に添付された一つのリンクを見つめる。

そのアドレス名は、次のように記載されていた。

 

www.eclipse-realm.org/......

 

「エクリプス……リアルム……?」

今まで目にしたことがない、見慣れないアドレス名だった。

 

 

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