創作ノート

短編小説を書いています。

閉じ込められた部屋(67)

 

 

ピンポーン。

突然チャイムの音が鳴った。

「はい」

ドアの外に声をかけながら、美和はドアノブを握る。小さくドアを開けると、玄関先に50代くらいのスーツを着た一人の男性が立っていた。

真尋が入院してから一週間が経っていた。

依然として真尋は眠り続けていた。この一週間、美和は面会のために毎日病院に通っていた。そのチャイムが鳴ったのは、午後一時すぎの自宅で、美和がちょうど外出のための準備をしていた時だった。

「警察のものですが」

男はスーツの内ポケットから黒い手帳のようなものを取り出して、美和の前に差し出した。上下に開くようなタイプの手帳となっていて、下側に「警視庁」と刻まれた記章が取り付けられていて、上側に写真と名前が入ったカードが収められている。その男はすぐにその手帳を折りたたんで元の内ポケットにしまったので、名前までは読むことができなかった。

「真尋さんのことで、少しお話をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか」

「真尋の、ですか?」

突然やってきた警察を名乗る男の口から「真尋」の名前が出たことに、訝しく思いながらもその男を観察する。

「はい。N大学附属病院から警察に連絡が入りまして、真尋さんが自殺未遂をしたと聞いています。それに関する事情聴取をさせていただきたいのです」

「・・・自殺未遂に、事情聴取が必要なのですか?」

「はい。事件性の有無などについて警察としても確認する必要があるので、お話をお聞かせいただきたいのです。・・・失礼ですが、真尋さんのお母様ですか?」

「はい、真尋の母親の、佐藤美和といいます」

「娘さんが大変な時に恐縮ですが、短時間で終わるのでご協力をお願いいたします」

「わかりました」

美和は半分だけ開けていたドアを全て開き、その男に面と向かった。家の中にお入りくださいとは言わなかった。警察を名乗ったとはいえ、見知らぬ男を家の中に入れることに抵抗があったからだった。その男も美和のその態度に特に頓着することもなく、玄関先で言葉を続けた。

「ありがとうございます」

男は先ほどの警察手帳とは別の手帳を取り出す。そしてそれを開いて中を確認してから、

「真尋さんがN大学附属病院に運び込まれたのは4月7日の午後6時頃と病院からは聞いています。その7日の朝か、あるいは前日の6日の夜に睡眠薬を過剰摂取したようです。4月6日の真尋さんの行動について知っている範囲でいいので教えていただけますか?」

と美和に話した。

「真尋は一人暮らしをしていて、私とは別に暮らしているので詳しくは分かりません。ですが、真尋の大学の友人の真由美さんという方から聞いた話でいいのであれば・・・」

「はい、構いません」

「そうですか・・・」

美和は、夜の病院の待合室で真由美から聞いた話を簡単に話した。

「前日の6日、真由美さんと一緒に大学から帰る時の真尋は、いつもと変わらない様子だったそうです」

「では、6日、真尋さんが大学から帰った後に、真尋さんに何かが起きたということですね」

考えてみればそうだった。

それまでの美和は、いつまでも目を覚さない真尋のことで頭がいっぱいで、そのことに思いが至っていなかった。真由美の言うとおり、6日の大学帰りまでは真尋に変わったところがなかったのだとしたら、そこから睡眠薬を過剰摂取するまでの間に、真尋自身に何か重大な出来事があったということになる。自分の死を望まずにはいられないくらい重大な何かが。

その日に、真尋に何があったのだろうか。

 

 

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