創作ノート

短編小説を書いています。

エクリプスリアルム(56)

 

思い込みという呪い……。

自己実現する未来……。

有希は、自分が立っていたはずの地面が、いつの間にか闇の中に溶けてしまったかのようにぐらぐらと揺らぎ始めているのを感じる。

その揺らぎの中で、有希は必死になって足を踏ん張り、先ほどの藤田の話の内容について考えていた。そして、今までの自分の身に起きた出来事について思い返していた。

緑翠の間の動画……。

6月4日に有希は美咲から送られてきたエクリプスリアルムのリンクを開き、一つの動画を見た。その動画では、緑翠の間を説明する一人の男性が現れ、その途中、足を取られて転んだ男性に有希が駆け寄る映像が映っていた。そのような動画を見た。だけど実際は、見た、と思い込んだだけだった。

6月18日の藤乃屋の撮影帰り、藤田に緑翠の間の撮影動画を送ってもらった。そして夜に、エクリプスリアルムの動画と、その撮影動画を見比べた。それは寸分違わず同じ映像だった。だけど実際は、有希の中のエクリプスリアルムの動画についての記憶が改ざんされていて、それによってこの二つの映像が全く同じものだと、思い込んだ。

そんなこと、ありえるのだろうか……。

エクリプスリアルムの動画を見たという記憶は、一つの事実として有希の中に強く残っている。その記憶が改ざんされているという感覚は全く無い。

でも、だからこそ、これは呪い、なのかもしれない……。

有希が緩慢な動きで視線を上げると、目の前に座る藤田は、やや顔を伏せながら何かを考えているようだった。

「この呪いが、何によって伝播していくのかは分からない……。もしかしたら山下さんの推測通り、メールによるリンクの送付が一つのトリガーにはなっているのかもしれない」

「……」

「そしておそらく、映像に映る場所とは全く別の場所に逃げたとしても、そのエクリプスリアルムの映像の記憶は、その都度改ざんされていく。どこに逃げたとしても、その場所における未来の死の映像へと作り変えられて、最終的にその本人を未来の死の運命に追い込んでいく……。そういう意味では、佐藤さんの日記に書かれていた言葉、『この運命には誰も逆らえない』、『この運命は誰にも変えられない』、この言葉は真実なのかもしれない」

「それなら! それなら、私はどうすればいいの!」

有希は思わず叫んでいた。

「明日の予言された死まで、何もすることができないということなの? その予言された死を受け入れるしかないということなの?」

心の底からの叫びだった。

藤田はどこか悲しそうな目で有希を見つめる。そしておもむろに口を開く。

「未来の死の運命をどのようにしたら解除できるのか……。今から僕が話すことは、あくまでも仮説です」

仮説でも、たとえ作り話でも構わなかった。縋りつける何かが有希は欲しかった。

「山下さんのケースと、それ以前の佐藤美咲さん、そして茜さんとのケースとでは、ある一つの明確な差がある」

「差……?」

「はい。佐藤さんは事故によりトラックに轢かれ、茜さんはマンションの屋上から自分で飛び降りた。だけど、山下さんが見た映像は、見知らぬ男に殺される映像だった。そこに、見知らぬ男という第三者が登場する……。先ほど山下さんは話の中で、その男について、どこかで会ったことがあるような感覚があったと言っていましたよね?」

「……はい」

「おそらく、山下さんの潜在意識の中では、その男に殺意を向けられることについて何かしらの心当たりがあるはず。だからこそ、山下さんの無意識は、そのエクリプスリアルムの映像に、その男に自分が殺される未来を投影した」

殺意を向けられる……心当たり……。

自分を殺したいほど憎む誰か……。

「だけど僕は、逆にそこに、この死の運命という思い込みから抜け出すヒントがあると思っています」

「え……?」

「一つお聞きしたいのですが、このブラウザの画面の中に、まだ未来の死の映像は映っていますか?」

藤田がモニターに顔を向ける。その藤田の動きに導かれるように有希もそのモニターに視線を向けた。そこには依然として、血溜まりの中に倒れる自分の映像が映っていた。

「……はい」

「そうですか……」

藤田はモニターから有希に再び視線を移した。

「思い込みの呪いを解除するには、その思い込みに気付くしか無いのだと思います。だけど、おそらくこの呪いは山下さんの潜在意識に強い働きかけを及ぼしている。口で言ったくらいでは、その思い込みからは抜け出せない。だから山下さんの目には、この画面の中にまだ未来の死の映像を見てしまっている……」

「なら……どうすれば……」

「何か強い力で、その思い込みを、潜在意識から顕在意識に引きずり出すしかない……。そして山下さんにとってのその“何か”とは、この未来の死の映像の元となっている、自分に殺意を抱くこの男を潜在意識から顕在意識に引きずり出すこと、つまり、この男の正体を思い出すこと、なのかもしれない」

 

 

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