創作ノート

短編小説を書いています。

エクリプスリアルム(33)

 

 

5月21日(火)

午前中、会社で部内会議に参加していたら私のスマホが震えた。

何だろう、と思いポケットからスマホを取り出して画面を見ると、茜から一通のメッセージが来ていた。

茜とは高校の時は毎日会っていたのに、今はお互いに遠く離れてしまっていることもあってなかなか会えていない。連絡だけであれば取り合うこともできるはずだけど、物理的に距離が離れてしまうと心の距離も離れてしまったような気がして、ここ最近は連絡を取り合うこともめっきり少なくなっている。

久しぶりに「茜」の名前を目にして何事だろうと思った。だけど会議中だったので、その時はメッセージを開くこともなくスマホをポケットに戻した。

昼休みになって、同期の莉菜と待ち合わせて、社食で日替わり定食を食べる。この会社は社食に力を入れていて、メニューも多いし何よりもおいしい。それだけでもこの会社に入ってよかったと思う。なんてね。

昼食を食べ終え、莉菜とも別れて自分の席に戻る。ここから午後の仕事が始まる13時半までが、私のリラックスできる時間だ。いつもはスマホで色々と好きなサイトを見ているのだけど、画面に表示された茜の名前のメッセージ受信記録を見て、午前中に茜からメッセージが来ていたことを思い出した。

メッセージアプリを起動させ、メッセージを開く。

茜からのメッセージには次のように書かれていた。

 

美咲。久しぶり。元気にしてた?

いきなりで申し訳ないんだけど、このリンク先の動画を見てもらってもいいかな?

急いでいるので、すぐに見てね。

 

そのメッセージの下にリンクが一つ添付されている。

いきなりどうしたのだろう。

そのリンク先を開くと、見たこともない英語のサイトが立ち上がった。動画の投稿サイトのようだ。動画が一つだけ登録されている。タイトルは“Date: May 28. 2024“。今日は5月21日なので一週間も先の日付がタイトルになっている。不思議なタイトルだ。

茜が見て欲しいと言っているのはこの動画だろうか。“急いでいる”とメッセージにも書いてあったので、昼休みの自分の席でその動画を見てみた。

どこかの報道番組を切り取ったような動画だった。

夜の街で、歩道に立つ一人の女性レポーターが深刻な表情でカメラに向かって何かをしゃべっている。スマホの音声を上げてみたけど、音はまったく聞こえない。音声なしの映像のようだ。

歩道の奥は大きな道路となっていて、そこに多くのパトカーや救急車が止まっている。赤いランプがやけにどぎつく光っている。

画面の上には次のようなテロップが出ていた。

“H通りで多重玉突き事故発生。死者は5名。”

H通りは、通勤で私が毎日歩いている通りだ。

しばらく画面を見つめていると、レポーターが立っている歩道を一人の女性が歩いてきた。

その姿を見て驚いた。だって、私の姿にそっくりだったのだから。

その女性はレポーターの脇を通り抜けて画面の外に消えていった。

動画を止めて、時間を戻して何度かその女性を確認したのだけど、どう見ても私の姿だった。

そうか。

茜は報道番組で私の姿を目にしたので、そのことを私に知らせてあげようと思ってこのメッセージを送ってきたのか。

私はすぐに茜に、

「見たよ。私の姿が映っていたから、私も驚いたよ」

というメッセージを送った。

でも、H通りでそんな大きな事故なんて、最近あったかな。

 

 

5月22日(水)

今日は仕事が早く片付いたので、定時で会社を後にした。

まだ日が残っていて、明るいH通りを歩く。最近は仕事が忙しくて帰るのが遅かったので、夜のH通りしか歩いていなかった。だけどこのような夕暮れ時の街を家に向かって歩いていると、高校の時を思い出して少し懐かしい。

帰路の途中、メッセージアプリで母に「今日は早く帰れそう」と送ったら、すぐに、「ごめん。明日の準備に少し時間がかかっちゃって、今日はお母さんの方が帰るのが少し遅れる」と返ってきた。

高校で教師をしながら私を育ててくれた母なのだから、感謝こそすれ、文句を言ったことなんて一度もない。

今日は早く会社から帰れたし、たまには私が夕食の準備をしようと思って、「今日は私が夕食を作るね。何が食べたい?」と送ったら、母から「カレーライス」という返信が絵文字付きで返ってきた。

帰り道にスーパーに寄って、必要な食材を買う。

そして家に返ったらすぐにカレーの準備を始めた。カレーを作るのなんて本当に久し振りだ。

午後8時過ぎに母は疲れた顔をして帰ってきたので、一緒にカレーを食べた。「おいしい、おいしい」と言って母は食べてくれた。

作って良かった。

 

昨日、茜に送ったメッセージ。

何か返信が来るかと思ったけど、まだ来ていない。

さっきメッセージアプリを確認した時は、私のメッセージは既読にもなっていなかった。

どうしたのだろう。

 

 

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