創作ノート

短編小説を書いています。

閉じ込められた部屋(35)

 

真尋は黙って寝室の入り口に立った。

そして中の様子を伺う。

部屋の隅にベッドが置かれていて、その上に一人の男が横になっている。会社から帰った時に着ていたワイシャツ姿のまま、毛布だけを体の上にかけていた。ときどき体を掻くような素振りをしていたが、それが終わるとまたベッドの上で動かなくなる。

それが、父の姿だった。

真尋はその入り口に五分ほど立って、父の様子を観察する。途中で目覚めでもされてしまうと、真尋の計画が失敗に終わってしまう。失敗してしまうこと自体は別に怖くは無かったけど、それでも真尋の中の冷徹な自分が、その計画を遂行させるために慎重に周りの様子を伺っていた。

深い眠りに落ちていて、起きることもなさそうだ。

真尋はそう判断して、ゆっくりと寝室の中に入る。右手には先ほど台所から持ち出した一枚のポリ袋が握られていた。そして真尋は、父が眠るベッドの横までたどり着いた。

ベッドの上に横になっている一人の男を、じっと見下ろす。

感情を失ったかのように無表情のまま、しばらくその男の顔を見つめていた。

 

この人間さえ、いなくなれば・・・。

この人間さえ、この世からいなくなれば、きっと私は救われる・・・。

 

先ほど胸に抱いた暗い決意を、自分の中で改めて確認していた。その決意は、真尋の中で全く揺らぐことはなかった。

右手に持ったポリ袋を父の頭の近くまで持っていく。そして一思いに、ポリ袋を父の頭に被せて、そのポリ袋の口の部分を父の首のあたりできつく結んだ。

頭にポリ袋を被らされた父は、しばらくは起きることもなくそのままベッドの上で寝ていた。父の呼吸に合わせて、ポリ袋が膨らんだり縮んだりする。その様子を真尋はベッドの横で見つめる。

自分の身に起きている異常に気づいたのか、父は眼を覚ました。

半透明のポリ袋の奥にある父の眼が開くのが、真尋の眼には見えた。眼を覚ました父は自分の身に何が起きているのか理解できていないようだった。その前日の夜にしこたま飲んだビールも影響していたのかもしれない。パニックを起こした父は、ポリ袋を外すこともできずに、ウーウーと唸り声をあげて、喉を掻きむしるような素振りをした。そして手足をベッドの上で大きくばたつかせた。手足がベッドに当たって、がたがたと大きな音がする。

真尋はその父の様子を黙って見つめ続けていた。

真尋にとって、これは一つの実験だった。

これで父が死んでもいいし、死ななくてもいい。心のどこかでは、こんなことで人が死ぬことなんてないだろうな、そんな覚めた目で見ていた真尋もいた。

だけど、たとえこれが失敗に終わったとしても、真尋のこの行為が引き金となって、今の現実を変えることはできるはず。

絶望を打ち消すには、別の絶望で塗り潰せばいい。

今、目の前に横たわる絶望が終わるのであれば、真尋にとっては何でもよかった。

父は、最後に小さく、

「助けて・・・」

と言った後、ベッドの上で動かなくなった。

 

 

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