「真尋・・・」
美和は、ベッドの上の真尋に声をかける。
だけど真尋はその声には反応せずに、また、
「・・・なさい」
と呟いた。夢遊病者のように眼は閉じられていて、そして顔には生気がなかった。何かがおかしい。
「・・・なさい」
「どうしたの。真尋。何が言いたいの」
真尋が何かを伝えようとしている。
美和は自分の耳を真尋の口元に寄せて、耳を澄ました。
「・・・ごめんなさい」
真尋は、何かに向かって謝っていた。
「・・・ごめんなさい」
「どうしたの、真尋。どうして謝るの」
「・・・ごめんなさい」
真尋は熱病患者の譫語のように、ごめんなさい、という言葉をただひたすら繰り返している。真尋の閉じられた目には涙が溢れ、そして顔の横へと筋を描いて流れ落ちていった。美和は右手で真尋の頬に触れ、涙を拭う。
「あなたは十分に苦しんだ。もう、謝らなくてもいいのよ」
それでも真尋は、閉じられた目から涙を溢れさせながら、小さな声で「ごめんなさい」と呟き続けていた。まるで6歳の少女であるかのように。
美和はそんな真尋の様子が哀れで、見ていられなかった。ベッドの上の真尋の右手を両手で強く握る。そして、
「たとえこの世界があなたを許さなくても・・・、私は・・・、私だけは、あなたを許すから・・・」
と語りかけた。
真尋の口から、「ごめんなさい」という言葉が止まった。
だけど依然としてその目は閉じられたままだった。
「真尋・・・?」
「・・・しいよ」
「え?」
「・・・苦しいよ。・・・ここから出してよ」
「どうしたの、真尋? 何があったの?」
目を閉じたままの真尋は、苦しそうに顔を少し歪める。
「・・・お母さん。・・・・助けて」
6歳の真尋が結局言うことができなかった「助けて」という言葉。その言葉を、目の前の20歳になった真尋が呟いていた。
美和の頬にも、涙が流れていた。
その流れる涙の感触で、自分が泣いていることに初めて気づいた。
自分がなぜ泣いているのか分からなかった。自分が悲しいのか、苦しいのか、恐ろしいのか、分からなかった。ただ、自分の中で様々な感情が渦を巻いていた。その渦に飲み込まれながらも必死になって踏みとどまり、そして真尋に、
「戦うの・・・」
と言葉を投げかけていた。
「あの夜のあなたのように・・・、あなたの存在を、理不尽に踏みにじってくるものに対して戦うの・・・。あなたの存在を、理不尽に押し潰そうとしてくるものに対して戦うのよ・・・」
「・・・」
「6歳のあなたができたのだから、今のあなたができない訳がない・・・」
「・・・」
「戦いなさい」
美和の強い言葉が、静かな病室の中に響いた。