創作ノート

短編小説を書いています。

閉じ込められた部屋(77)

 

「真尋・・・」

美和は、ベッドの上の真尋に声をかける。

だけど真尋はその声には反応せずに、また、

「・・・なさい」

と呟いた。夢遊病者のように眼は閉じられていて、そして顔には生気がなかった。何かがおかしい。

「・・・なさい」

「どうしたの。真尋。何が言いたいの」

真尋が何かを伝えようとしている。

美和は自分の耳を真尋の口元に寄せて、耳を澄ました。

「・・・ごめんなさい」

真尋は、何かに向かって謝っていた。

「・・・ごめんなさい」

「どうしたの、真尋。どうして謝るの」

「・・・ごめんなさい」

真尋は熱病患者の譫語のように、ごめんなさい、という言葉をただひたすら繰り返している。真尋の閉じられた目には涙が溢れ、そして顔の横へと筋を描いて流れ落ちていった。美和は右手で真尋の頬に触れ、涙を拭う。

「あなたは十分に苦しんだ。もう、謝らなくてもいいのよ」

それでも真尋は、閉じられた目から涙を溢れさせながら、小さな声で「ごめんなさい」と呟き続けていた。まるで6歳の少女であるかのように。

美和はそんな真尋の様子が哀れで、見ていられなかった。ベッドの上の真尋の右手を両手で強く握る。そして、

「たとえこの世界があなたを許さなくても・・・、私は・・・、私だけは、あなたを許すから・・・」

と語りかけた。

真尋の口から、「ごめんなさい」という言葉が止まった。

だけど依然としてその目は閉じられたままだった。

「真尋・・・?」

「・・・しいよ」

「え?」

「・・・苦しいよ。・・・ここから出してよ」

「どうしたの、真尋? 何があったの?」

目を閉じたままの真尋は、苦しそうに顔を少し歪める。

「・・・お母さん。・・・・助けて」

6歳の真尋が結局言うことができなかった「助けて」という言葉。その言葉を、目の前の20歳になった真尋が呟いていた。

美和の頬にも、涙が流れていた。

その流れる涙の感触で、自分が泣いていることに初めて気づいた。

自分がなぜ泣いているのか分からなかった。自分が悲しいのか、苦しいのか、恐ろしいのか、分からなかった。ただ、自分の中で様々な感情が渦を巻いていた。その渦に飲み込まれながらも必死になって踏みとどまり、そして真尋に、

「戦うの・・・」

と言葉を投げかけていた。

「あの夜のあなたのように・・・、あなたの存在を、理不尽に踏みにじってくるものに対して戦うの・・・。あなたの存在を、理不尽に押し潰そうとしてくるものに対して戦うのよ・・・」

「・・・」

「6歳のあなたができたのだから、今のあなたができない訳がない・・・」

「・・・」

「戦いなさい」

美和の強い言葉が、静かな病室の中に響いた。

 

 

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