父の動きが止まった。
真尋は感情を失った目で、自分の前に立っている父を見上げる。父は赤黒い顔に、どこか残忍な笑みすら浮かべていた。
「お前、いつか逃げられると思っているんだろ」
「・・・」
「誰かが、いつかお前のことを助けてくれると思っているんだろ」
「・・・」
「お前を助けるやつなんて、誰もいないんだよ」
「・・・」
「俺から逃げられると思うなよ」
「・・・」
「いつまでもお前に付き纏ってやるからな」
「・・・」
真尋はなかば呆然としながら、父の顔を見ていた。
そして一つの事実を痛切に思い知らされていた。
どんなに、父も母も存在しない遠い未来にいる自分を想像してそこに救いを見出そうとしたところで、どんなに、今ここにいる子供は自分ではないんだと自分に何度も何度も言い聞かしたところで、真尋は、今、ここで誰かに救って欲しかった。暗闇から目を光らせながら、必死になって外の世界に助けを求め続けていた。この小さな部屋の中で、誰よりも救いを求めていた。
そのことを悲しいくらいはっきりと感じた。
真尋の頭の中に、父の言葉が何度もこだまする。
“俺から逃げられると思うなよ”
そうか・・・。
そうなんだよ・・・。
小さな胸の中で、ぽつりと思った。
誰も、私を救ってはくれない・・・。
だから、自分は自分で救うしかないんだ・・・。
真尋は、自分の目の前に立っている一人の男の顔を見つめる。その男は、赤黒い顔をますます赤黒くしながら、真尋に“しつけ”を続けていた。
この人間さえ、いなくなれば・・・。
この人間さえ、この世からいなくなれば、きっと私は救われる・・・。
心の中で暗い決意を抱いていた。