水は徐々に、そして確実に真尋の体を沈めていく。
そして水が真尋の首のところまできた時に、真尋の中で一つの魔物が顔を覗かせ始めた。それは必死になって真尋自身が押さえつけていたものだった。その正体を見るのが怖くて怖くてたまらなくて、だから必死になって目を逸らそうとしてきたものだった。その魔物の名前は“死”といった。
水は首を徐々に上がっていく。
首が濡れる感覚で、それが一つの冷徹な現実として真尋は感じざるを得なかった。
そして“死”というものが、本当にリアルな現実として、とうとう真尋の前に姿を現したのだ。その現実を認識した途端、狂いそうになるくらいの恐怖を感じた。
口先でいくら、
「私も父親を殺したのだから、ここで誰かに殺されても文句なんて言えないか」
と言ったところで、“死”は圧倒的な力でもって、真尋の心を揺さぶり始める。その力の前では、真尋は全くの無力だった。父の前に無力だった、6歳の頃の真尋のように。
「嫌だ・・・」
真尋の口から言葉がこぼれ落ちる。
「嫌だ・・・。死にたくない・・・」
諦めの気持ちを抱いた時の真尋は、もうそこにはいなかった。
真尋は救いを求めるように、水で半分くらい埋まった部屋の中に視線を巡らす。壁に赤字で描き殴られた、“すべて、お前がやったんだ”という文字が、その水面に浮かんでいるのが見えた。
そうだ・・・。
すべて、私がやったことなんだ・・・。
「ごめんなさい・・・」
真尋は無意識に呟いていた。
「すべて、私がやったの・・・。私がお父さんを殺したの・・・。すべて、私が悪いの・・・。それを認めるから・・・。それを認めるから、だから・・・」
真尋は顔を上げ、必死に何かを求めるかのような視線を部屋に向ける。
「私を許してください! 水を止めてください! お願いだから、私を助けてください!」
最後は叫ぶようにその言葉を吐き出していた。
涙が次から次に目から溢れて、もう口の近くまで上がってきた水面の上に流れ落ちる。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・」
6歳の小さな子供のように、真尋は、部屋の外にいるはずの“誰か”に向かってひたすら謝り続けた。