真尋は木片を持った右手を開き、その木片を手放した。
もう真尋の中に、その木片を持ち上げる力は残っていなかった。
それは、その“バルブ”を回すことを諦めた瞬間だった。
木片は水の上に浮き上がり、水流に押し出されるように真尋から離れていく。その様子を立ち尽くしたまま見送る。“放水口”から放出される水の勢いは全く弱まることはなく、真尋の顔に飛沫を飛ばしながら流れ落ちてくる。
真尋は最後の力を振り絞るようにして水の中で重たい体を懸命に動かし、その“放水口”から離れて先ほどまでいたドアの前に戻る。そして背中をドアにつけるようにして立った。
少しでもその“放水口”から離れたかった。水の中とはいえ、何かにもたれ掛かりたかった。そこで疲れた体を少しでも休めたかった。そして何よりも、誰かがそのドアを開けてくれた時に、少しでも早くこの部屋から逃れられることを期待した。それは本当に微かな期待ではあったのだけど、真尋はその期待を支えにして何とかその場に立っていた。
何で、こんなことになったのだろう・・・。
目の前で流れ続ける水を見つめながら、心の中でつぶやく。
目覚めると、この見知らぬ部屋の中に自分はいた。
それまでは、普通の大学生として普通の大学生活を送っていた。親友である真由美と同じバトミントンサークルに入って、勉強にサークルにと充実した生活を送っていた。送っていたはずだった。それなのに。
真尋は唇を噛む。
誰かが、何も知らない自分をこんな部屋に閉じ込めたのだ。
何も・・・、知らない・・・?
本当に・・・?
微かに首を横に振る。
「これは・・・、罰なんだ・・・」
口から言葉がこぼれ落ちた。
14年前のあの夜、6歳の私は父親を殺した・・・。
絶望から逃れるために必死になって生きようとした結果だった。だけど、その罪は決して消えることはなかった。そして何よりも、その事実を忘れて、14年間も自分は生き続けた。その罪から目を瞑ることによって、まるでその罪が自分に存在していないかのように14年間生き続けてしまった。
そのことに対する罰なんだ。
自分をこの部屋に閉じ込めた誰かは、その罪を思い出させるためにこんなことをしたんだ。
その“誰か”は、なぜそのようなことをするのか。する必要があるのか、もはや真尋にはどうでもよかった。ただ、自分がこの部屋にいる理由が欲しかった。自分自身が納得できる理由が欲しかった。そうでないと、もう正気を保っていることができなかった。
私も父親を殺したのだから、ここで誰かに殺されても文句なんて言えないか・・・。
水位は胸の高さまで上がってきている。
その水面を見つめながら、真尋はどこか諦めの気持ちを抱いてそのようなことを一人頭の中で考えていた。