創作ノート

短編小説を書いています。

閉じ込められた部屋(19)

 

 

真尋は、高校二年生のときに自分の戸籍謄本を目にしたあの日のことをまざまざと思い出していた。

 

公園のゴミ箱に戸籍謄本を捨てた真尋は、そのまま自分の家に帰った。そしてあの狭苦しい家での母との生活という日常に戻ったのだ。当然、自分の戸籍謄本を見たことは母に一言だって言わなかった。

戸籍謄本で目にした父の「佐藤健太郎」という名前、そしてその下に記載された「失踪宣告」という四文字。それらについて改めて考えることもなかった。それらを目にした時に真尋の頭に浮かんだ一つのイメージ、

 

夜。

母。

そしてその母を見送る六歳の自分。

 

そのイメージの正体を自分の中で探ることもしなかった。あえて、それらから目を逸らそうとしていた。そのイメージの先にある不吉な事実を予感して、その事実から目を逸らすためだったのか。あるいは、小さい家で息を潜めるようにして生きている私と母の二人、という現実からも目を逸らすためだったのか。分からない。

目を逸らしているうちに、その日の記憶は真尋の中でどんどん薄れていった。

その当時の真尋には、母と暮らすその小さい家を出ることだけが希望だった。

必死になって受験勉強をして真尋は都内の国立大学に合格し、二年前、奨学金ももらって一人暮らしを始めた。そして物心ついた時から母と一緒に住んでいたあの小さな家からようやく離れることができた。

 

真尋は立ち上がって、この閉ざされた部屋にかけられた奇妙な絵に再び目をやる。

建物から出ていく女性と、それを窓から無表情に眺める少女。

その絵を媒介にするかのように自分の中で蘇った、高校二年生の自分の頭に浮かんだ一つのイメージ。自分の戸籍謄本を見て、そして父の失踪宣告の事実を知った時に、私は何かを思い出そうとしていた。

この絵と同じような状況だったはず。

家を出ていく母と、その母を見送る自分。

 

私は何を思い出そうとしたのだろうか・・・。

 

そこに、自分がこの部屋に閉じ込められた理由のヒントが隠されているような気がした。

 

 

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