創作ノート

短編小説を書いています。

2024-03-01から1ヶ月間の記事一覧

閉じ込められた部屋(43)

突然開いた天井のパネルの奥に隠されていた、金属製の筒状の何か。 真尋は、過去に似たようなものを見た記憶があることに気づいた。 確か通っていた小学校の校舎の中だった。 必死になって思い出そうとする。 教室の前の廊下。 その廊下をまっすぐ行った先の…

閉じ込められた部屋(42)

その時だった。 ガタン。 突然、大きな音が部屋に響いた。 真尋はその音に驚き、一度大きく体を震わせる。 「何? 何の音?」 思わず声を挙げていた。 音は頭上から聞こえた気がした。視線を上に上げる。 天井は50センチ四方くらいの四角いパネルが敷き詰…

閉じ込められた部屋(41)

真尋は、自分の目の前の壁に描き殴られた“全て、お前がやったんだ”という文字を隠すように、手に持った絵を再び壁に掛け直した。これ以上、その文字を見ていられなかった。 部屋は、耳が痛いくらいの静寂に満たされていた。 その静寂の中で、真尋の心の中で…

閉じ込められた部屋(40)

真尋が“父が存在しなかった世界”に逃げ込んでいた中で、一方では母は、“夫が失踪した世界”を一人で息を潜めるようにして生きていた。 あの夜、母が手にして家を出たスーツケース。あのスーツケースをどこに捨ててきたのか、そして今どこにあるのか、真尋は知…

閉じ込められた部屋(39)

母はその捜索願の中で、父は前日の土曜日に出かけたまま帰ってこない、と記載した。そして、財布などの貴重品やパスポートなどを持ち出して父は家を出た、とも記載した。 そう記載すれば父はあたかも家出をしたかのように装うことができたし、大人の行方不明…

閉じ込められた部屋(38)

5 閉じ込められた部屋の中。 壁に乱暴に掻き殴られた“全て、お前がやったんだ”という血のように赤い文字を前にして、真尋は呆然と立ち尽くしていた。 真尋は全てを思い出していた。 そうだ・・・。 全て、私がやったんだ・・・。 あの夜・・・。 私は、自分…

閉じ込められた部屋(37)

母は真尋の両肩から手を離すと、すっと立ち上がった。 黙って寝室を出ていく。寝室の外で、何かを取り出しているような音が聞こえる。しばらくして、母は寝室に戻ってきた。その手にはスーツケースを持っていた。父が出張に行く際に時々使用していたものだ。…

閉じ込められた部屋(36)

「真尋、そんなところで何をしてるの?」 背後からの突然の声に、真尋は緩慢な動きで後ろを振り返る。寝室からの物音で目が覚めたのか、母が寝室の入り口に立っていた。 真尋は何も答えなかった。ただ暗闇の中で眼を光らせながら、母の姿を見つめている。 母…

閉じ込められた部屋(35)

真尋は黙って寝室の入り口に立った。 そして中の様子を伺う。 部屋の隅にベッドが置かれていて、その上に一人の男が横になっている。会社から帰った時に着ていたワイシャツ姿のまま、毛布だけを体の上にかけていた。ときどき体を掻くような素振りをしていた…

閉じ込められた部屋(34)

ビールを浴びるように飲んだ父は、そして真尋に“しつけ”をすることに疲れた父は、そのまま風呂に入ることもなく寝室に引っ込んでいった。その日は金曜日で、次の日は土曜日。父の仕事は休みだった。そのような日は、この日の夜のように父は風呂に入らずに眠…

閉じ込められた部屋(33)

父の動きが止まった。 真尋は感情を失った目で、自分の前に立っている父を見上げる。父は赤黒い顔に、どこか残忍な笑みすら浮かべていた。 「お前、いつか逃げられると思っているんだろ」 「・・・」 「誰かが、いつかお前のことを助けてくれると思っている…

閉じ込められた部屋(32)

父の真尋に対する“しつけ”を母が知った日から、その“しつけ”は家の中では秘密でもなんでもなくなった。 それまでは小心者の父は、母が家にいない時にしかその“しつけ”をしなかったのだけど、もはや家の中では母の視線を気にすることもなくなっていた。 少し…

閉じ込められた部屋(31)

その“しつけ”が終わると、父は必ず、 「このことは絶対に誰にも言うなよ」 と濁った目を真尋にぎょろりと向けながら言った。 真尋はただ黙って頷くことしかできなかった。 他に何ができただろうか。6歳の幼い真尋は、その無慈悲な現実の前に立ち向かう術を…

閉じ込められた部屋(30)

父はそれを“しつけ”と呼んだ。 その日も家で気に入らないことがあったのか、父は朝から家でビールを飲み続けていた。何が気に入らなかったのかは分からない。きっと取るに足らない些細なことだったのだと思う。 そして冷蔵庫のビールが無くなると、いつもと…

閉じ込められた部屋(29)

4 真尋の父親は“佐藤健太郎”という名前だった。 父は、いつも家で酒を飲んでいるような人間だった。 父がどのような仕事をしていたのか、幼かった真尋には分からない。 ただ、仕事で少しでも自分の思ったように進まないことがあったら、そして少しでも嫌な…

閉じ込められた部屋(28)

目の前に広がる絶望の圧倒的な深さの前に、真尋はその正体から目をそらしそうになる。逃げ出しそうになる。その絶望の正体を知ってしまったら、自分はもう元の自分のままではいられなくなるかもしれない。そのことが死ぬほど怖かった。 それでも、私はこの絶…

閉じ込められた部屋(27)

それは、先ほどの部屋と同じように6畳くらいの小さな部屋だった。 そして先ほどの部屋と同じように、ドアの右側の壁に一枚の絵が掛けられていた。それ以外には何も置かれていない。机も置かれていなかったし、その上の紙も、この部屋には存在しなかった。 …

閉じ込められた部屋(26)

真尋はゆっくりとドアに近づく。 先ほどは全く開くことがなかったドア。そのドアに設けられた鈍く光るドアノブ。 右手を持ち上げ、そのドアノブを握る。金属製のドアノブの冷たさが真尋の手のひらを通じて、体の中に流れ込んでくる。真尋はそこで一度大きく…

閉じ込められた部屋(25)

ふと、真尋の視界に、自分の腕が映っていることに気づいた。 絵を床に置くために前に腕を伸ばしているので、それが視線に入ることはある意味では当たり前のことだった。自分の腕なので、それは絶えず自分の視界の中にある。意識していなければ、ただ当たり前…

閉じ込められた部屋(24)

黒と赤・・・。 どちらが正解なのか・・・。 そもそもボタンを押すこと自体が正解なのかもわからない。 黒いボタンを押そうが赤いボタンを押そうが、いずれにせよ真尋の身に絶望的な何かが起こってしまうという可能性もあるのかもしれない。どちらのボタンも…

閉じ込められた部屋(23)

真尋はゆっくりと絵に近づく。 奇妙な絵が真尋のすぐ目の前にあった。 真尋がこの部屋に閉じ込められてからどれくらい時間が経っただろうか。その部屋には時計は置かれていなかったので、真尋は時間感覚を失っていた。正確な時間は分からない。ただ、自分が…

閉じ込められた部屋(22)

真尋は行ったり来たりと歩き続けていた足を止め、部屋の中央に立ち止まる。 視線を上に上げると、奇妙な絵がその目の前にあった。 真尋は小さく首を横に振った。そして、 「そんな訳がない・・・。さすがに考えすぎだよ・・・」 自分自身に言い聞かせるよう…

閉じ込められた部屋(21)

そうだ。 あの夜、母はスーツケースを持ってどこかに出かけて行った。 そしてその早朝に母は帰ってきた。 母が家を出る時に、真尋にこぼした言葉、 「真尋。何も無かったの。何も無かったのよ。だからあなたも忘れなさい」 その言葉がまざまざと真尋の中で蘇…

閉じ込められた部屋(20)

真尋は奇妙な絵をじっと見つめる。 何かを思い出しそうな感覚が自分の中にあった。それと同時に、その記憶は深い海に沈み込んでいるかのように、真尋の目にはぼやけて映るだけで、その正体を捉えることができなかった。その深い海に両手を差し込んで、必死に…

閉じ込められた部屋(19)

3 真尋は、高校二年生のときに自分の戸籍謄本を目にしたあの日のことをまざまざと思い出していた。 公園のゴミ箱に戸籍謄本を捨てた真尋は、そのまま自分の家に帰った。そしてあの狭苦しい家での母との生活という日常に戻ったのだ。当然、自分の戸籍謄本を…

閉じ込められた部屋(18)

真尋の記憶の片隅に、ぼんやりとした一つのイメージが漂っていた。 夜。 母。 そしてその母を見送る六歳の自分。 だけどそのイメージは霧の奥に隠れているかのようにはっきりとした形を持っておらず、真尋はその形をとらえることはできなかった。必死になっ…

閉じ込められた部屋(17)

スマホでブラウザを立ち上げ、検索エンジンを呼び出す。そして「失踪宣告」という四文字を入力すると、検索結果一覧がスマホに表示された。 真尋は、その一覧の一番上に出てきたページを開いた。 それは失踪宣告に関する手続きを説明するサイトだった。そし…

閉じ込められた部屋(16)

小さく折りたたんだ状態の戸籍謄本を膝の上で丁寧に広げる。 そして真尋は戸籍謄本に目を通していく。 本籍地は、東京都K区となっている。そこは住民票で調べたので真尋はすでに知っていることだった。そしてその下には「氏名」として次のような名前が書かれ…

閉じ込められた部屋(15)

「佐藤さん、佐藤真尋さん」 窓口から声をかけられて、真尋は自分の中で流れ続けていた思考の流れを無理やり停止させてその窓口に向かった。 「戸籍謄本はこちらになります」 女性職員は数枚の書類を真尋の前に差し出した。 「費用は450円になります」 真…

閉じ込められた部屋(14)

東京都K区の区役所は第一庁舎から第五庁舎まで、五つの庁舎に別れていた。 調べてみると、真尋の目的とする戸籍謄本は第二庁舎の「戸籍住民課」が窓口になるらしい。戸籍住民課の窓口は、第二庁舎の二階に設けられているとのことだった。 区役所の最寄駅であ…