それは、真尋が十七歳、高校二年生の時のことだった。
真尋は家から電車で30分ほど行ったところにある、県立高校に通っていた。
母子家庭であった真尋の家はそれほど裕福ではなかったけれど、それでも母は毎日一生懸命に働き、そのおかげもあって高校に通うことができていた。真尋自体も高校に上がるとバイトを始め、ささやかながら家にお金を入れるようになった。それもあって家には少しずつ余裕も出来てきた。色々な仕事を掛け持ちしていた母はその仕事の数も多少絞ることができ、夕食を二人で家で食べることも増えた。
夕食時に母は、
「学校ではどう?」
と真尋の高校生活のことについて知りたがった。真尋は作り笑いを顔に浮かべながら、
「今日はね・・・」
とその日の学校での出来事を母に話してあげた。初めはぎこちない笑顔を顔に浮かべながら会話をしていたのだけど、それも繰り返していると慣れてきて、自然な笑顔を浮かべることができるようになっていた。
心の中では、真尋が小学生の時に聞いた、母の
「あなたさえいなければ」
という呟きが消えてはいなかった。
それ以来、真尋は心にわだかまりを抱え続けていて、どこかで母と距離を置いていたのだと思う。
ただ、それでも、自分を必死になって育ててくれたことには感謝していたし、そして自分を見捨てないでいてくれたことに子供ながらに感謝していたのも事実だった。その結果として、真尋は夕食時に、
“楽しそうな娘”
を演じ続けていたのだ。
だけどそのような母との日々を送りながら、十七歳で思春期を迎えていた真尋の心の中では、
「自分の父親は誰なんだろう」
という思いが徐々に強くなっていった。
自分の戸籍を見たいと思った。“父”の欄になんて書いてあるのかを見れば、自分の父親について何かしらの情報を得られるのではないのか。
調べてみると、戸籍謄本は本籍地から取り寄せる必要があるようだった。真尋は自分の本籍地がどこかは知らない。母に尋ねてしまうと、戸籍謄本が必要な理由を訊かれるに決まっている。
「自分の父親について知りたいから」
なんて言えるわけがなかった。
真尋の脳裏には、
「真尋にはママがいるから、パパは必要ないでしょ・・・」
という氷のように冷たい母の言葉が刻み込まれていた。
ただ、さらに調べていく中で、自分の本籍地を知る方法の一つに自分の住民票を確認するというものがあることを知った。
平日の午後の学校からの帰りに、真尋は家から持ち出した保険証を片手に区役所に向かった。