創作ノート

短編小説を書いています。

閉じ込められた部屋(50)

 

 

佐藤美和は、建物の正面玄関から中に入ると、待合室を真っ直ぐに抜けて警備室に向かった。

平日午前中の待合室では、順番待ちをしている高齢者が数人、座席に座っていた。その座席の前では大型のモニターが設置されていて、それぞれの受付での順番待ちの状況が表示されている。彼らは、その表示を黙って見つめていた。

美和は彼らの間をすり抜けるようにして歩いていく。

待合室を抜けて少し行くとT字路にぶつかった。その角に「警備室」という右側への矢印付きの案内板が張り出されている。その案内板を見ることもなく美和は右側に曲がる。この場所に来るのは三度目になるので、すでに道順は覚えていた。

 

東京都B区にある、N大学附属病院。

その南病棟に美和はいた。

美和がこの病院を訪れるのは三度目で、三日前から自宅のある埼玉県S市からこの病院に毎日通っている。

T字路を曲がって少し歩くと、「警備室」というプレートが上に張り出された小さな窓口が見えてきた。美和はその窓口の前に立ち止まる。その受付では若い女性事務員が何やらパソコンに入力操作をしていた。美和は、透明のプレートを挟んで、彼女に、

「すみません。面会に来ました」

と声をかける。女性事務員はディスプレイから顔を上げ、美和を見る。そして、デスクの上に置かれていたボードを手に取り、窓口から美和の方に差し出した。

「それでは、この面会票に記載をお願いします」

この病院では、セキリティ確保のため面会者は警備室で面会票に記載を行い、そこで面会カードを受け取ることになっている。面会カードは首にかけられるようなストラップが取り付けられていて、病院にいる間中はその面会カードを首にぶら下げておく必要があった。

美和は面会票を受け取り、その場で面会日時、病棟、患者氏名、面会者氏名を記載する。面会者氏名に「佐藤美和」という記載を終えると、

「お願いします」

と一言添えて、それを窓口に返した。

 

エレベーターで4階に上がり、通路を進む。

左右には病室のドアが並んでいる。

通路を突き当たりまで進んだところで美和は立ち止まった。そして左手側のドアに向き直る。そのドアの横に張り出された患者氏名を確認して、右手でそのドアを軽くノックした。中からは何も返事は返ってこない。この三日間、中から返事が返ってくることは一度もなかった。

美和は閉じられたドアを見つめ、一度ここで心を落ち着かせる。そしてゆっくりと右手でそのドアを開いた。

その病室の中にはベッドは四つ置かれていた。

窓側に二つ、通路側に二つ。そのうちの窓側の一つに、一人の若い女性が眠っていた。他の三つは空だった。それもこの三日間変わらなかった。

美和はドアを閉める。そして窓側のベッドに歩み寄る。

そのベッドで寝ている若い女性の口には人工呼吸器が装着されていて、傍の機器に接続されている。また、その右手には点滴も付けられていた。

美和はその女性の顔を、複雑な思いを抱いて見つめていた。

そして一言つぶやいた。

「真尋・・・」

 

 

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