創作ノート

短編小説を書いています。

エクリプスリアルム(11)

 

カーソルをそのリンクの上に移動させる。

あとは、人差し指を下に下ろすだけだった。

そうすれば、死の前日に美咲が“見てほしい”と書いて送ってきた、そのリンク先を開くことができる。

だけど有希の人差し指は、マウスの上で固まったまま動かなかった。

やっぱりおかしい……。

どう考えても、おかしいよ……。

このリンク先を開いたら、駄目だ……。

有希の中の何かが、彼女にそのように警告していた。

有希はカーソルをメールソフトの左上の「×」に移動させる。クリックすると、美咲のメールは、メールソフトと一緒に画面から消えた。

パソコンの電源を落として、仕事用デスクの前で立ち上がる。そしてそのまま浴室に行って湯を出した。湯が溜まるまでの時間、掃除用のモップを手に取って、フローリングの床掃除を始めた。いつもはそのような時間に掃除をすることなんてなかった。だけど、何か体を動かすことによって自分の気持ちを落ち着かせたかった。先ほどの美咲からのメールを自分の意識の外に追い出したかった。

風呂から上がり、デスクの上に置かれた時計に目をやると、もう23時30分を回っている。普段であればそこからテレビを見たり、ネットで動画を見たりしてリラックスできる気分転換の時間を1時間くらい過ごしてからベッドに入るのだが、今夜はそんな気分ではなかった。有希は部屋の電灯を常夜灯に切り替えて、ベッドの中に入った。

目を瞑って、眠りが訪れてくれるのを辛抱強く待つ。

だけど、眠りは有希の上になかなか訪れてはくれない。

瞼の裏側では、先ほど目にした美咲のメールの文面が映し出されていて、消えてくれることはなかった。

なぜ美咲はあのようなメールを送ってきたのか……。

“有希の助けが必要”と書いてきたということは、美咲の身に何かよくないことが起こっていたのではないのか……。

もう美咲はこの世にはいないのだけど、美咲のために今の自分にできることが何かあるのではないのか……。

 

有希、助けて!

 

美咲の、声にならない声が聞こえた気がした。

むくりとベッドから起き上がり、仕事用デスクの前に歩み寄る。デスクの上のライトを点けると、薄暗い部屋の中でデスクの上だけが切り取られたかのように光に包まれた。

有希はパソコンを立ち上げる。

立ち上がるのを待つ間、それは10秒もかからなかったのだけど、その10秒ですら非常に長い時間に感じられた。パソコンが立ち上がると、メールソフトを起動させ美咲のメールを開く。メールの末尾には、やはり依然としてwww.eclipse-realm.ofg/……というリンクが添付されている。

有希はカーソルをそのリンクの上まで移動させると、今度は迷うことなく人差し指を下に下ろした。

Webブラウザが立ち上がる。ディスプレイいっぱいに黒い画面が浮かんだ。

そのサイトは英語表記で作られていた。

黒い背景の中で、サイトの左上に“Eclipse Realm”という白い文字が浮かび上がっている。装飾がなされているわけではない。逆にどこか不気味さを感じさせるくらい簡素で、無駄を削ぎ落としたようなサイトだった。

中央には四角く囲われた枠があった。

枠の中は、背景と同じように黒く塗りつぶされている。枠の左下の隅に“再生”を意味しているのか“▶︎”というボタンが設けられている。何かの動画投稿サイトのようだった。

有希は、美咲がメールの中で“リンク先の動画を見てほしい”と書いていたことを思い出す。この動画のことだろうか。

その枠の下には“Related Content”という欄が設けられていたが、そこは空白になっていた。

そしてその枠の上には、このコンテンツのタイトルを意味しているのだろう、次のような文字が記載されていた。

 

Date: June 18. 2024

 

「2024年……6月18日……?」

有希はデスクの上に置いてある卓上カレンダーを見る。

今日は、2024年6月4日だ。

つまり、そこに表示されていたのは、2週間も先の日付だった。

 

 

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