創作ノート

短編小説を書いています。

エクリプスリアルム(54)

 

有希は小さく首を横に振る。

「私だって、未だに自分の身に起きていることが信じられない……。もし私が、私以外の誰かの話としてこの話を聞いたとしたら、きっと出来の悪い作り話としか思わないのだと思う。だけど、私自身がエクリプスリアルムの映像を目にして、そして自分の身に起きた様々な出来事を実際に経験したからこそ、私には、これが本当のことだと分かる。作り話でもなんでもなく、一つの現実なのだと言うことができる。たとえそれがひどく歪んだ現実だったとしても……」

閉じていたノートパソコンに両手をかけ、ディスプレイを持ち上げる。スリープ状態だったパソコンが自動的に立ち上がり、そのディスプレイには、先ほど開いておいたエクリプスリアルムの画面が表示されていた。

「藤田さんに私の言ったことを少しでも信じてもらうためにも、私に送られてきたエクリプスリアルムの画面を、そして私の未来の死を予言する映像を、藤田さんに見てもらいたいと思っています」

「……」

「だけど、エクリプスリアルムの死の運命の伝播が何によって起こるのか、正直はっきりとは分かっていません……。私自身は、エクリプスリアルムのリンクが添付されたメールを送付することがそのトリガーだと考えているのですが、それも間違っているのかもしれません……。つまり、今ここで私の未来の死の映像を藤田さんが見ることによって、死の運命の伝播が発生する可能性はゼロではありません」

有希は自分の考えを正直に言葉にする。もうここまで話してしまった以上、隠しても仕方がないと思った。藤田は、そんな有希の様子を、机の向こう側から真剣な表情で見つめていた。

「それでも、藤田さんはこの動画を見てくれますか?」

その有希の問いかけに、藤田は一度視線を下に下げる。だけどすぐにまた視線を上げると、「見ますよ」とはっきりと言った。

「ありがとうございます」

有希は、ノートパソコン側に表示されているエクリプスリアルムの画面が映ったブラウザをクリックして、そのままモニター側に移動させる。エクリプスリアルムの画面が、外付けモニターに大きく表示された。藤田は視線を有希の方から、自分の右隣に設置されているモニターに移す。

「それでは、再生します」

有希は動画の再生ボタンをクリックした。

モニターには、今日の午前中に何度も見ていた東京都A区の街角の映像が流れる。

藤田は真剣な顔で、そのモニターを見つめていた。

しばらくして、モニターに向けていた視線を有希の方に戻す。

その顔には怪訝そうな表情が浮かんでいた。そして、藤田は信じられないようなことを言った。

「動画は、いつ始まるんですか?」

一瞬、藤田が口にした言葉の意味が分からなかった。「え?」と問い返す。

「あ、いや。動画はいつ始まるのかと思って……」

動画は……いつ始まる……?

有希は視線を藤田から引き剥がして、モニターに向ける。

モニターには依然としてエクリプスリアルムの動画が映っていた。画面の下側から現れた有希が、歩道の端で少しうつむき加減で立っている姿が見えている。

この人は……一体何を言っているのだろう……。

始め、藤田が何か冗談を言っているのかと思った。だけど冗談を言うような状況でもなかったし、目の前の藤田の顔はいたって真剣だった。

「今、モニターに映っています……」

「え?」今度は藤田が驚きの声を上げて、モニターを見る。モニターをじっと見つめながら、

「僕には何も見えない……」

と言った。

有希は半ば呆然としながら、藤田とともにモニターを見つめていた。

動画では、画面の上側から一人の男が現れ、歩道の端に立っている有希に向かってゆっくりと近づいていく。

「僕には、一面真っ黒で塗りつぶされた、ブラウザの画面しか見えない……」

動画の中の有希が男に気づいて、はっと顔を上げる。そしてその表情が、恐怖から驚愕に一瞬で切り替わる。

藤田には、この映像が見えないのか……。

有希の目には見えているこの映像を、藤田の目では見ることができないということなのか。

いや……。

もしかしたら、逆なのではないだろうか……。

藤田には見えないものが、有希には見えている……。

モニター画面では、男が両手に持った上着から右手を引き抜いて、その手に持ったナイフを有希に向かって突き出していた。

 

 

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