創作ノート

短編小説を書いています。

見知らぬ女(1)

 

 

久保田菜摘は真っ暗な道を一人歩いていた。

左腕の腕時計を見る。その針は深夜一時を指している。

「もうこんな時間……」

菜摘が通っている大学の学園祭が三日後に迫っていた。テニスサークルに所属していた菜摘は学園祭の出し物であるクレープ屋の準備に追われていて、ここ数日帰宅時間が遅くなっていた。今日はその作業に熱中しているうちに時間を忘れてしまい、あやうく終電にも乗り遅れるところだった。一緒に作業をしていたサークル仲間の遠藤千穂に、

「ごめん、終電に遅れるから帰るね」

慌てて告げて、大学を飛び出してきたのだ。千穂は大学から歩いて通える場所に住んでいるのでこのような時は終電を気にしなくていい。そんな千穂が本当に羨ましかった。

カツカツと菜摘の足音が、寝静まった静かな住宅街に小さく反響していく。街灯はあるにはあるのだけど、その間隔は広く、街の中に光と闇の二つの世界を作り出している。闇の海に浮かぶ小さな無人島のように街灯はその周りに小さな光の輪を作っていた。菜摘はその光と闇を縫うようにして一人歩き続けていた。十月の半ばでまだ冬の季節も遠いはずなのに、なぜだか、菜摘は背中にぞくりとする嫌な寒気を感じていた。

その時だった。

キー。

金属か何かが擦れるような、耳障りな音が聞こえた気がした。菜摘は気になって立ち止まり、耳を澄ます。だけど闇に包まれた街は怖いくらいの静寂に包まれていて、何の音も聞こえなかった。

気のせいだろうか。

気を取り直して歩き出そうとする。

キー。

今度は確かに聞こえた。気のせいでは絶対になかった。

菜摘は息を潜めて暗闇の中に目を凝らす。

菜摘が立っている位置から少し行った先の右側に小さな公園があった。住宅に囲まれた中にぽつんとあるその公園は遊具としてブランコがあるだけの小さな公園で、日中であれば子どもたちがボールを蹴って遊んでいたり、犬の散歩をしている老人が歩いていたりする。だけど、深夜一時を過ぎた真夜中に人なんているはずがない。

菜摘は恐る恐るその公園に視線を送る。

公園の端に設けられた街灯が公園の中を微かに照らしているが、その大部分は闇に包まれている。その微かな光を受けて、公園の中央にあるブランコが辛うじて見えた。

キー。

その音は公園の方から聞こえるようだった。

ひっ。

菜摘は思わず声を上げそうになる。だけど両手で口を塞ぎ、自分の口から声が飛び出していくのを必死に堪えた。そのブランコの上に何か白いものが見えたのだ。

それは白い服を着た人のようだった。ブランコの上に座っており、そのブランコが微かに揺れている。俯いているのか、長い髪が顔を覆っており、その顔を見ることはできなかった。

菜摘はその場で立ち尽くす。

その目をその白い服から離すことができなかった。

白い長袖の上着に、黒いスカート。胸元には紺色のリボンが結ばれている。見覚えのある制服だった。高校時代、菜摘はその制服を毎日のように見ていた。

それは、菜摘がかつて通っていた高校の制服とそっくりだった。

 

 

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