高校の制服姿の有加里が友達と一緒に写っている写真で、有加里の隣に立つ女性生徒の顔はモザイクで消されている。だけど菜摘はその友達の顔もはっきりと思い出すことができた。有加里とよく一緒につるんでいた女子で、そして有加里と一緒になって真衣へのいじめを執念深く続けていた。
画面に映る写真を媒介して、高校時代の記憶が次々に蘇ってくる。有加里の前で黙って俯いていた真衣の姿も、その記憶の中のシーンにははっきりと刻み込まれていた。
「なぜ……有加里が……」
無意識のうちに口から零れた菜摘の声は、ひどくかすれていた。
画面の中の女性記者は深刻そうな表情をその顔に貼り付けたまま言葉を続ける。
「マンションのエレベータに設置された防犯カメラには、昨日の深夜、白い制服のような服装をした女性が、武井有加里さんの部屋のある五階で乗り降りしている映像が映っており、その女性が何らかの事情を知っていると見て警察はその行方を追っています」
右手に持っていたテレビのリモコンがゴトンと音を立てて床の上に落ちた。リモコンの電池カバーが落下の衝撃で外れ、中から電池が飛び出して床の上をころころと転がっていく。だけど菜摘は床に転がるリモコンには視線を向けることは無かった。ただ、先ほど女性記者の口から発せられた言葉を心のなかで繰り返していた。
白い制服のような服装をした女性……。
菜摘の脳裏には先ほど目にしたばかりの、マンションの前に立って黙って菜摘の部屋を見上げていた、白い制服を着た長い黒髪の女性の姿が浮かんでいた。
真衣だ……。
もしあの白い影が佐々木真衣なのだとしたら、真衣をいじめていた張本人である武井有加里の前に現れないはずがない。
そのときテレビに映る映像が、夜のマンションの前に立つ女性記者のライブ映像から切り替わった。女性記者の深刻な顔から、マンションの全景が少し離れた画角から映された映像に変わる。周りがまだ明るいので、事件後、日が落ちる前に撮影されたものだろう。画面の右下には『女性が発見された東京都B区のマンション』という小さなテロップが出ている。
そのマンションの外観は特徴的な形をしていた。
鋭角に尖った屋根の下に六階建ての建物が続いている。その建物に設けられたガラス製の窓は異様に大きく、まるで建物全体が硝子の塔のような雰囲気を醸し出していた。そのマンションの周りにはごく普通の一戸建てやマンションが並んでいて、その中にそびえ立つ硝子の塔はひどく目立っていた。
あれ……これって……。
菜摘の中で小さな引っ掛かりを感じる。
この光景を、以前、どこかで目にしたような気がする。
そうだ。菜摘の住む最寄り駅の隣駅、その隣駅のすぐ近くに一年前くらいに建てられ、建てられた当初はデザイナーズマンションとしてこの界隈で話題になったマンションがあった。少し前に隣駅にある美容院に行った帰りにそのマンションの前を通った。
「これが話題のデザイナーズマンションか」
そんな感慨を抱きながら建物を見上げ、その硝子の塔そのものの光景を目に焼き付けていた。画面に映るそのマンションの外観は、その記憶の中の光景とそっくりだった。
まさか……。
菜摘は自分の中の記憶を否定しようとする。そんな偶然なんてある訳がない。だけど画面下のテロップには『東京都B区のマンション』と表示されており、東京都B区は、今、菜摘が住んでいる住所と同じ場所だった。
今テレビ画面に写っているマンションは、あのとき目にしたマンションなのだと菜摘は思った。そしてあのマンションで有加里が殺されたのだと思った。菜摘は、有加里が今、福井から上京してきていることも、そしてこんなにも近くに住んでいたことも全く知らなかった。こんなにもすぐ近くで有加里が殺されたという事実に強いショックを受けた。
しばらく呆然としながら、テレビ画面を見つめていた。
武井有加里殺害のニュースは終わり、テレビでは明日の天気予報を報じている。
それでも菜摘は、焦点の合わない目でその画面を見つめ続けていた。
その中で菜摘は、一つの事実に思いいたる。
あの白い影が昨夜、武井有加里を殺したのだとしたら……何のためにその白い影は今さっき、このマンションのすぐ前に立っていたのか……。
その先を想像するのが怖くて、菜摘は目を強く瞑って首を横に振る。
「私はいじめていないのに……」
菜摘の口から、絶望をその裏ににじませた言葉が零れる。
真衣をいじめていたのは有加里とその友人たちで、私は真衣のいじめには加担していないのに……。